秘密実験【完全版】
『彼氏サンよぉ、かっこつけんのはいいけどさぁ……。早く狂っちまってくんねェかな?』
画面の中からピエロ男の声が聞こえる。
苛立ちを隠しきれていない様子だった。
“狂う”
この言葉に、杏奈はハッとした。
やはり……あいつらの狙いは“狂わせること”なんだ。
肉体的、精神的に苦痛を与えることで、人間が発狂する瞬間を見たいのだろう。
『いい加減、俺も殴り飽きたんだよねェ……。時間もねーし』
そう言いながら、ポキポキと指を鳴らすピエロ男。
──時間がない?
どういうことだろう。
ピエロ男がゴツい指輪をはめた手で、悠介の鼻っ柱をグーで殴りつけた。
『うぐぉッ……!』
低い悲鳴とともに、鼻血が噴き出す。
悠介の身体がガクガク激しく揺れている。
「やめてっ……!」
「きゃはははッ! 面白~い♪ もっとやれェ~」
杏奈の叫びと女の笑い声が重なる。
ビデオだと分かっていても、声に出さずにはいられなかった。
ピエロ男は容赦なく、悠介の顔面をまるでサンドバッグのように殴りつけている。
そのたび、悠介の頭は振り子のように左右に揺れた。
『どうだ? 痛いだろ!? つまらねぇ正義感なんか捨てちまって、早く楽になれよオラァ!』
『ハァッ、ハァ……ぐッ!』
しかし、悠介は息を乱してこそいるが暴力に屈しない。
なぜそこまで、彼は我慢するのだろうか?
同情や心配を通り越し、杏奈は不思議な気持ちになった。
『そんなに彼女を汚されるのが嫌か? えっ? お前を裏切った薄情女なのに!』
ピエロ男の怒鳴り声が響く中、悠介は荒い呼吸を繰り返していた。
私を……汚す?
杏奈は息を詰めて耳を傾けた。
ふいに、悠介が顔を上げる。
『ハァッ……! 杏奈に、手を、出したら殺す……!』
息切れしながらも、ハッキリと力強い口調で言った。
悠介が本気で怒っている。
こんな私を、そこまで思ってくれてるなんて……。
杏奈は胸がじんと熱くなり、目頭に涙を浮かべた。
あまりの迫力に気圧されたのか、ピエロ男もすぐには反応出来ないようだ。