それはきっと始まりでしかなく




 小綺麗な格好をしている。真っ黒な髪の毛は真ん中で分けられ、今時の若い人みたいだった。若い人か何故こんなところにいるのか。出戻りか?

 妙に勘ぐってしまうのは、田舎だからだろうか。





「旅行、ですか」
「いいえ。旅行ではなく、赴任というか」
「フニン?」
「ええ――――何もなくていいところですね」
「不便ですよ、車がないと」
「でしょうね。でも、喧騒の中で生きるのは色々と磨り減るんですよ」





 都会もいいですがね、などといっていると防波堤から「もしかして佐野先生ですかー?」などと声を張り上げる女性の声に、私と、佐野といわれた男が一緒に振り返った。

 女性は白っぽい服だった。「探したんですよー!」と続ける。遠いから誰かわからない。

 先生、というからには間違いなく"先生"なのだろうが、なんの先生なのかはわからない。




「すみません!今行きます」





 そう張り上げながら答えると「そういえば名前きいていませんでしたね」と今さらなことをいう。名前を教える必要があるのかと思ったが、聞かれたからには答えなくてはと「三浦です」という。知られても先生ならば別にいいかと思った。不審者ではないのだから。

 サンダルについた砂が不快に思いながら、「私は」というそれに注意を向けた。





「今日から診療所の医者として働くことになりました、佐野昴です」
 




 ――――それが佐野さんとの出会いだった。


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