あなたへ。
 最初は顔半分までだったけど、そのうち全体を埋めた。
 汗をたくさん吸ったシャツが私の顔にくっつく。
 きもちいい。
 他人が見たらただの変態。
 でも仕方がない。
 体が求めちゃうから。
 彼の部屋の戸が開いた。
 私は慌ててシャツを離す。顔を上げて見ると、彼がお菓子とコップが乗ったお盆を持って立っていた。彼の表情を見て、
「ごめん」私は謝った。
「これ、癖なの」
「癖?」
「うん」
 彼は部屋の戸を閉めて、私に近づいた。
 目の前にお盆を下ろす。
 私はまだ彼のシャツを両手に持っていた。
 彼は怪訝な表情で、「でも、それ汗臭いよ」と言った。
「それがいいの」
「それがいいの?」
「うん」
「ふ~ん」
 彼はいつものようにそう返事をした。
「私のこと変だと思わないの?」
 私はちょっと上目遣いで聞く。これも私の癖。お母さんには「子供みたいだからやめなさい」って言われてるけど、無意識にそうなっちゃう。
「思うよ」
「じゃあ、なんで嫌な顔しないの?」
「だって癖なんでしょ?」
「うん」
「それなら仕方がないよ」
「そうなの?」
「そう」
 それから彼はコップにまた牛乳を注いだ。今度は彼も牛乳。
 私は彼がお菓子の袋を開けるのをじっと見ていた。
「そろそろ返してもらっていい?」
「なにを?」
「シャツ」
「あ、うん」
「洗濯に出したいから」
「うん」
 そのあと、私は気まずかったけど、彼は少しも気にしていなかったから、私もなんでもない振りをしていた。


「暗いけど、大丈夫?」
 外に出ると、真っ暗だった。時計を見たら八時半。
「送っていこうか?」
「なにで?」
「自転車」
「車は?」
「免許取ってないよ」
「取らないの?」
「取るよ。そのうち」
 私は少し迷って、
「じゃあ、送ってって」
「車じゃないよ?」
「自転車でいい」
「わかった」
「うん」
 彼は家の裏から銀色の自転車を出してきた。
 彼が前に乗り、私は後ろの荷台に乗る。
 最初は両足をそろえて椅子に座るように乗ろうかと思ったけど、結局荷台にまたがって座った。
「じゃあ行くよ」
「うん」
 彼がペダルに足を乗せ、こぎ始める。
 ふらつき、私は彼の体に恐る恐る両腕を回した。
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