あなたへ。
1-8

 千葉に戻って、また私は走ることに夢中になっていた。
 ひたすら走って汗をかく。
 気持ちいい。
 それが唯一の私の楽しみ。
 大学の友人はみんなアルバイトをし始めたけど、私はやらなかった。
 お金はあまり使わないから親からの仕送りで十分にやっていけたし、第一、時間がもったいない。
 前に友人を私のアパートに入れたことがあるけど、そのとき友人は部屋の中を見渡して、「なんにもないね」って言った。だって仕方がない。走ること以外にはなにも趣味がないんだから。暮らすにはこれで十分。
 その友人の部屋は、これでもかってくらい物があった。
 CDやコンポ、ファッション雑誌やたくさんの服、化粧道具やお店を開けるくらいのアクセサリー、カラフルな家具にレースのカーテン。
 私にはいらない物ばかり。
 もう一人の友人の家もそんな感じ。
「せっかくの一人暮らしなんだから、もっと満喫しなきゃ」
 そんな事を言われても。
 私は自分の部屋で、家から持ってきたお気に入りのソファーに座り、お気に入りのクッションを抱える。ちょっと古くなったクッションは汗を吸ったシャツに顔を埋めるのの次に落ち着く。
 私の部屋の中には最低限のものだけ。
 一人分の食器と一人分の食料、最低限の服、小さな棚には教科書と参考書、あとは、『正しいトレーニングの仕方』と書かれた本に、彼から貰った小説だけ。
 これでも私は一人暮らしを満喫しているんだけど。
 冬休みまでは、走って、授業を受けて、彼から貰った小説をちょっとずつ読む。
 そんな感じ。


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