切美
「何?」
「ごめん。ちょっと取り乱しちまって。お願いだ。消えないでくれ」
剛は必死で哀願の表情をうかべた。この異常な事態よりも、切美に嫌われることのほうが怖かった。しばらくしてから、唇が勝手に笑みの形にゆがんだ。
「わかればいいのよ」
剛は胸をなでおろした。
「本当にごめん」
「いいのよ。ねえ、それよりも、わたし外に出たいんだけど」
「え?」剛は首を横にふった。「だめだ。そんなの」
「どうして?」
「だって、ひとに見られるだろ」
「いいじゃないせっかくあなたが素敵な着物を買ってくれたんだもの。こんなせまい部屋に閉じこもっているなんて、もったいないわ」
「でも」
「お願い」
濡れたような声でささやかれる。いままで自分が演じていた偽者ではない、本物の切美の声だ。胸が溶けるような心地よさに包まれて、剛はついうなずいてしまった。
「ちょっと、だけだぞ」
「ありがとう」
唇がまた、笑みの形にゆがんだ。