切美
鍵をはずす音におびえながら、剛は玄関のドアをそっと開けた。そして着物といっしょに買った赤い雪駄を履き、足音をたてぬよう気をつけながら、外に出た。アパートの住人に見られたら、どんな噂が立つかわからない。
そのとき、隣の住居のドアがいきおいよくひらかれた。剛はその場に固まった。ドアから出てきた老人は、ゴミ袋を持って、剛には目もくれずに、素早く前を通り過ぎていった。老人の鉄階段を下りる足音を聞きながら、剛は深く息を吐いた。心臓の鼓動が激しい。着物の内側に、汗がにじんでいる。
「さあ、行きましょう」
切美の声にうながされると、剛は覚悟を決めて歩きだした。