雨のち晴れ
正樹は黙って、私の背中をずっと撫で続けてくれた。
背中から正樹の手の温もりを感じた。
「正樹…」
ずいぶんと泣いて、落ち着いたころ、私はポツンと呟いた。
「ありがとう。」
私は俯いていたから正樹の表情が見えないものの、きっといつものように優しく微笑んでくれているんだと思う。
正樹は自分のジャケットを私にかけてくれた。
「紗子にとって伯父さんがどれだけ大切な人なのかってことは、俺なりに分かっているつもりだよ。」
そう言ってまた正樹は私の身体を自分の方へ寄せた。
正樹の温かさに心が落ち着いた。今はこうして正樹に身を任せていたいと、私も思った。
「伯父さんは自分の病気なんかよりも、紗子のことをよっぽどか心配していたよ。それだけ、紗子のことを大切に思っていたんだと思う。」
「そう。」
涙でにじませた視界に、紅葉がぼんやりと映った。
「私、いつか会えるんじゃないかって、心のどこかでそう思って生きて来たの。だってまさか、こんなことになっているだなんて思ってもみなかったから。
マスターがいなくなっちゃってからも、マスターに頼っていたんだと思う。」
「そうか。」
「だから、コーヒーもインスタントコーヒーしか飲まないの、私。
外のお店では絶対にコーヒーは飲まない、怖いの、マスターのコーヒーが自分の中から消えちゃうんじゃないかって。かき消されちゃうんじゃないかって。」
そんなことを話しているうちにまた涙が溢れる。
「なんで…っ、なんでこんな風になっちゃったんだろう。どうしてマスターが?どうして、私からマスターを奪うの?」
「紗子。」
「もう、両親だけで十分じゃない。私、今まで自分の人生を別に悲観なんてしてなかった。自分が悲劇のヒロインだなんて思ったこともない。
でも今は…今は初めて少しそう思う。あぁ、私って何だろうって。どうして私ばかりなんだろうって。」
話していて虚しくなる。
全てがどうでもよくなるような、そんな気分。