雨のち晴れ
電車に乗り込んで、車内を見渡す。
席はすべて埋まっており、立っている人がたくさんいた。時間をずらしたため、満員電車までとはいわないくらい。
私はそのまま吊り革を持ち、大学までの15分をゆらゆら揺られることにした。
今日は金曜日、周りの人たち全員からお疲れモードを感じさせる。
そして、みんながどことなくイライラしているようにも感じる。疲れプラスこの暑さのせいもありそうだ。
一駅が過ぎてしばらくすると、少し離れたところから「どうぞ。」と男性の声がした。
「いいんですか。でも…」と遠慮がちな女性の声を聞き取る。きっと席を譲られたか、なんかの声だろうと特に気に留めなかったが、私は次の瞬間、耳を疑った。
「こんな暑いのに大変でしょう、僕は大丈夫ですから。遠慮なさらずに。」
―――ん…?
「ありがとうございます。助かります。」
私は、一旦のやり取りを終えたと思われる、声の方をそっと見る。
「…あ。」
いたのだ、そこには。間違いない、あの男性の声の主。
不審者―――森岡正樹が。
なんで、この電車に?そんな考えが浮かぶが、まぁ通勤なのか仕事で普段乗っていたのだろう。
しかし、私は珍しく少しの動揺を覚えた。
相変わらず電車内はお疲れモードで、席を譲ろうなんていう空気は全くなかった。
それをあの不審者は、妊婦さんに譲ったのだ。
「……。」
別に席を譲る光景だなんて、よく目にすること。
別に目撃したのだって今まで何度もある。
それなのに、どうして私はこんなにも動揺しているのだろう?
私は、アイツからなぜか目が離せなかった。