雨のち晴れ
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「…798円になります。」
「はーあ、いつかの可愛い紗子ちゃんはどこへ行ったことやら。」
大学の定期テストも無事に終わり、猛暑日が続く中、ただいま夏休み中。
と言っても、私はバイトをただ淡々とこなすだけで、特別何かが変わったわけではない。
「紗子、聞いてる?」
「はいはい。」
相変わらず、毎度のことながらやって来るこの男…正樹。
『俺のこと、なんて呼んでもらおうかな~』
『不審者。』
『おいおい、それはないだろう。俺は紗子って呼んでるし、じゃあ、正樹でいいや。』
『それはあなたが勝手に呼んでるだけでしょ?』
『はい、いいからいいから。』
いつの日かそんなことを言われ、私は仕方なく正樹と呼ぶようになった。もちろん、自分の心の中だけで。
「この間みたいに、素直に涙流して俺に甘えろよ、な?」
「うるさい、あれはもう…そう、事故!」
「またまた~可愛いんだから。」
正樹は何かとこのネタでからかってくる。正直、本当にこれはやめて欲しい。
人前で涙を流すなんて…
マスターの前でしか涙なんて見せなかった私が…迂闊だった。
「紗子って案外ツンデレなのかもなぁ~」
面白そうに笑う正樹を私は睨む。
「早く帰って。」
「まぁそう言うなって。」
「て、ていうか、いつもいつもコンビニ来て、暇人なわけ?私なんかに構うより、もっと他にやることないの?」
「俺は紗子に会いたいから来てるだけ。」
ニコニコする正樹に私はため息をついて「要は暇人なのね。」と言った。
「仕事の息抜きってやつ?紗子に会えるだけで、もう充電フル満タンよ。」
「あっそ。」
「家に帰ったところで俺を迎えてくれる人なんていないし。あ、なんなら紗子が家で待っていてくれて、温かく俺を迎えてくれてもいいよ?」
「馬鹿じゃないの。」
私は、フイッと横を向いて、カウンターフードの補充をする。
私に温かさなんてない。