雨のち晴れ
でも、そんな考えは不思議とお店の雰囲気が取り除いていた。
よく分からないけど、しっとりとしたリズムの外国の音楽。
お店の香り、空気、そしてあのマスターと言われる人。
何もかもが外の世界とは異空間に感じた。初めて触れた世界、感じた世界。
しばらくして、マスターはコーヒーを持ってきてくれた。
「どうぞ。」
一言そう言って、再びカウンター内へと入って行った。
私は、ミルクを入れ、ティースプーンでゆっくりかき混ぜる。
とてもいい香りがした。
飲むと、とてもフルーティーな味で、飲みやすいコーヒーだった。
「おいしい…」
思わずそうつぶやいてしまった。
この声がマスターに届いたのかは分からないが、マスターは優しい表情でカルボナーラを持ってきた。
「どうぞ。」
また、そう一言だけ言ってその場を離れた。
口数の少ない人なのだろうか、マスターはほとんど何も話さなかった。
クリームソースたっぷりのカルボナーラ。
口に入れたとき、なぜか私は何とも言えない感情になった。
美味しくて、何より優しくて、温かくて、全身を包み込んでくれるような、そんな気分。
「…っ」
分からない。何もかもが。
私には分からないことなんて無かったのに。
いつも白黒ハッキリさせて、正解を導き出していた。
それが今、私は初めて分からなくなったのだ。
この優しい気持ちは何なのだろう?
この温かい気持ちは何なのだろう?
―――私は静かに涙を流していた。