雨のち晴れ
ただ、静かに私は泣いた。涙が止まらなかった。
こんなにも自分の中で、落ち着いた優しい気持ちになれたのは、いつ振りだろうか。
もしかしたら、初めてかもしれない。
私は、泣きながらも、また一口、一口と食べ進めた。
ひとしきり泣いたころには、カルボナーラは食べ終わった。
もう一度、コーヒーを飲んでこみ上げた気持ちを落ち着かせる。
マスターはタイミングを見計らったかのように来て、また「どうぞ。」と言って、私にハンドタオルを差し出してくれた。
私は受け取って、顔を覆った。
足音が遠ざかるような気がして、私は「何も聞かないんですか?」と声を出した。
「何を?」
「何をって…全部です。」
私はそっと顔をあげる。
マスターは優しく微笑んだ。
「君が話したいことだけを話せばいいさ。僕は何も聞かない。
このお店はね、誰の干渉もない、自由。自分らしくいられる、そんなお店だから。」
自由…
私の心の中には何度もマスターの言葉がこだました。
「いつでもおいで、待っている。」
マスターは、ふわっと笑った。
「君は、一人じゃない。」
不思議だった。
本当に不思議だった。
今まで、大人の言葉に耳を傾けたこともなかった、聞いたところで何も入って来なかったのに。
この人の言葉は―――マスターの言葉はスッと身体の中に溶け込むかのように入ってくる。
「ありがとう…ございます。」
それがその時の私の精一杯の言葉だった。