今日は良い日だ
「私はずっと、父の形見を探していました。幼い頃に、生き別れた父親です。父は、人買いに攫われた私を助けようとして代わりに捕まりました。もうこの世に生きてはいないでしょう。そして、長い間探し続けていたものがここにあるんです。お願いです露天商さん、私にこれを譲ってはいただけないでしょうか」
そう言って彼女は、風呂敷の上のひとつの商品を手に取った。それはいつか東の町で買った荘厳な造りの短剣だった。
「父は鍛冶職人でした。柄の底に、小さくサインが入ってます。これは間違いなく父の作品なんです」
イーコは短剣を握り締めて話す。そこでキリクはハッとしてイーコの手から短剣を奪い取った。
「これはウチの大事な商品だ。欲しいなら、金を払ってもらう。角族だろうが客は客だ。正規の代金を支払ってもらえるんならそれでいい。あんたの個人的な事情なんておれの知ったこっちゃない」
キリクは強気に言い放った。そんな咄嗟の作り話で誰が大事な商品を手放すものか。
キリクの言葉に、イーコの瞳がみるみる内に沈んでいった。
「お金……ないんです」
「あ?」
「私、お金持ってないんです」
その言葉に、商売人キリクが切れた。相手が角族であることも忘れてしまうほどに。
「金がない? あのなあ、こちとら慈善事業でやってんじゃねえんだ、商売なんだよ。金がねえ奴は客じゃねえ、さっさとあっち行きやがれ、ウチはもう店仕舞いだっつってんだろ!」
まくし立てるようにそう言うと、キリクは手早く帰る仕度を始めた。壊れやすい商品は布に包み、ひとつひとつ荷台に乗せていく。
イーコは諦め切れない様子でキリクを見つめていた。さっさと荷物を纏めて立ち去ろうとするキリクに声を掛ける。
「あの、いつまでこの町に居ますか?」
ちら、とイーコを見た後キリクは無愛想に答える。
「さあな。お前に教える義理はない」
がらがらと荷台を引くキリクにパタパタと付いていきながらイーコは更に話しかけた。
「私働きます。お金を貯めて買いに行きますから、それまで短剣を誰にも売らないでください」
その言葉に、キリクがぴたりと立ち止まって少女を見下ろす。
「あのなあ、勝手を言われちゃ困るんだ角族のお嬢さん。どうしておれがお前の言うことを聞かなきゃならない? 客でもないのに! それにこの短剣はおれの店の商品の中でも高額だ。ちょっと働いたからって手の届くものじゃねえんだよ」
イーコは黙ってキリクを見上げる。
「分かったら諦めな。親父さんのことは心の中で想っときゃいい」
適当に言うと、キリクはがらがらと荷台を引いて宿屋へと帰っていった。イーコは黙ってそれを見つめていた。