今日は良い日だ
(そうは言っても、何をすればいいんだ……)
客足の途絶えた路地の端で、キリクは頭を悩ませた。この町の人間が欲しがっているもの、他の店との差の付け方。そういうことを考えるのも楽しみのひとつではあるのだが、同時に、一番難しいところでもある。キリクは壁に凭れて息を吐いた。
見上げると、雲ひとつない青空だった。路地に挟まれた細い空が、ずっと向こうまで続いている。瞼を閉じれば乾いた風の音がすぐ横を通り抜けていった。遠くで商人の威勢の良い掛け声も聞こえる。
昨夜もぐっすり眠った筈なのだが、旅の疲れはそう簡単には取れないらしい。引きずられるような睡魔が、キリクを襲った。
もう少しで意識の糸を手放してしまうというときに、驚くほど近くで声がした。聞き覚えのある声だ。
「寝ないでください」
肩が上がるほどに驚いてキリクは目を開けた。間髪入れずにその声が続ける。
「起きてください。海綿はありますか」
慌てて声のする方を向くと、そこに居たのは例の角族の少女だった。目深にフードを被り、真っ直ぐな瞳でこちらを向いている。
「なっ……、また来たのか、お前に売るものはねえぞ」
「その話は後です。海綿はありますか」
気圧されてしまうほどの真面目な表情に、キリクは何がなんだかわからなかった。