今日は良い日だ



婦人を見送るために笑顔こそ浮かべていたが、キリクは内心放心状態だった。貴重で高価な海綿は、一年に一度売れるか売れないかという商品だったのに。それに婦人は一般庶民がするように値引きを要求しなかった。これじゃ大儲けだ。

キリクはゆっくりとイーコを振り返った。彼女はフードを目深に被ったまま、壁に付けた荷台の横にちょこんと膝を抱えて座っていた。まるで存在を気付かれまいとするように。
キリクが振り返ったことに気付いたイーコが顔を上げる。呆然とするキリクの顔を見て、イーコは少し微笑んだ。そしてぽつりと種明かしを始める。


「……あまり知られていないと思いますが」

膝を抱えた格好のまま、イーコはキリクを見上げて落ち着いた口調で言った。


「角族は人間の数倍聴力が良いのです」

キリクは大人しくイーコの話を聞いていた。


「そして私は、その角族の中でも際立って耳が良い。だから、少し離れた場所に居る人の会話も、まるで耳元で話しているかのようにはっきりと聞こえるんです」

イーコは静かに立ち上がった。それに合わせてキリクの目線も上がる。


「先ほどの婦人の欲しいものが分かったのも、この聴力のおかげです。彼女が向こうで話をしているのが聞こえたから。どこかの町のお金持ちらしいですよ」

「へえ……」

素直に感心の溜め息が漏れ、キリクはハッとした。誤魔化すようにひとつ咳払いをしてから、口を開く。


「まあ、あれだ。ありがとう。おかげで良い商売ができた」

気まずい気持ちを抱えながらもキリクはきっぱりと礼を言った。イーコのおかげで儲かったのは紛れもない事実なのだ。ここで昨日の出来事を持ち出すのもおかしな話。

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