今日は良い日だ
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キリクは道に迷っていた。いや、もう道など何処にも存在しない。果てしない地平線が目の前に引かれているだけである。あれがゴールテープだったらどんなに嬉しいか。あとはただただ砂漠。道どころか足跡すらもすぐに風に吹かれた砂で消える。幸い水と食料は十分にあったが、あと何日放浪することになるのかが分からないだけに、それすらも心許なく思えた。
「ごめんなハール。どうやら迷ったようだ」
愛馬ならぬ愛ラクダであるハールの頬を撫でてキリクが言った。ハールは何も言わずにのそのそと歩き続ける。背中に大量の荷物を乗せて。
キリクは商人だった。町から町へと旅をして、色々なものを売りさばく。アクセサリーや食器、はたまた剣などの武器まで。遠い町の民芸品は珍品として高価に扱われる。それ故にキリクは出来るだけ長い距離を移動し、北の町の品を南の町へ、西の町の品を東の町へと売り続けていた。
前の町を出発してからもう五日は歩き続けているのだが、次の町が見つからない。聞いたところによるとこの辺りに、大きな湖のある豊かな町が存在するらしいのだが。
(こんな砂漠の真ん中に湖などある筈がない。これはガセネタを掴まされたな)
キリクは溜め息を吐いた。ハールを引く手綱を持つ手も緩くなる。ジリジリと焼け付く太陽、乾いた砂地。自分達の足音と時折吹く風の音以外は、何も聞こえない。
ふと顔を上げると、少し進んだところに一本の木が見えた。暑さと乾燥で葉は少なくなっていたが、木陰ができている。多少の日除けにはなるだろう。
「よし、ハール。あそこで一休みしよう」
相変わらずハールは何も言わない。のし、のしと歩くだけ。長い睫毛が微かに揺れた。