今日は良い日だ
営業が一段落着いたところで、キリクはここ数日と同じように昼食を買いに出た。その間際イーコを振り返ると、彼女はさすがに疲れているように見えた。商売中も全力で耳を澄ませているのだろう。神経を研ぎ澄ませ続けるというのは、肉体労働に劣らない程の疲労を伴う。
そんなイーコの為に、キリクは昼食の他に栄養たっぷりの薬草ドリンクを購入した。
「今日で最後だしな」
誰に言うでもなく一人ごちて、両手に食べ物と飲み物を持ってキリクは元来た道を歩いていく。
角を曲がって自分の露天が見えたところで、キリクは強烈な違和感を覚えた。
イーコが居ないのだ。
荷台の前で座っている筈のイーコが居ない。一時的にここを離れているだけか? いや、イーコの性格から言って商品もそのままにキリクに何の断りも無く店を離れるなんてありえない。他に急用が出来たのだとしてもキリクの帰りをまず待つ筈だ。では何だ? 何故────
キリクの心臓が跳ねた。その拍子に、手に持っていた昼食のパンと薬草ドリンクがするりと落ちる。埃っぽい石の道に、ドリンクが広がって水溜りができる。
キリクは急いで店に駆け寄った。その風呂敷の上に並べられた商品を改めて見つめる。
陶器のカップが、割れていた。よく見るとその周辺のいくつかの食器も倒れて割れている。まるで、誰かがここで暴れたようだ。
(まさか──)
『いくら角族の方が力が強いと言っても、絶対的ではないですから』
「イーコ……っ」
辺りを見回すが彼女は居ない。ピーク時に比べて人通りの落ち着いた路地は閑散としていた。