今日は良い日だ


「、おい!」

キリクは咄嗟に、近くを歩いていた初老の男性を呼び止めた。男性は「なんだ?」と言って立ち止まる。


「角族の……っ、女の子を見なかったか、このくらいの背丈で、瞳の茶色い、」

男性は首を傾げて「いや、見てない」と言った。そして「何かあったのか?」と聞く。


「もしかしたら……いや、そうと決まったわけではないんだが、人攫いに遭ったかもしれないんだ」

違っていて欲しい。そうであってはならない。イーコの左足の枷を思い出してキリクは祈った。

男性は眉を顰めた。


「それは確かなのか? だったら警備隊に連絡するがいい。この町では他と違って人身売買を黙認されてはいないから情報が確かなら警備隊も動いてくれる」

「ああ……そうだな」

キリクは頭に手を当てて冷静さを取り戻そうと必死だった。男性が話を続ける。


「だが、この町で人攫いなんてほとんど有り得ないぞ。住民の一人にでも見つかったらその時点で通報される。住民全員が見張り番のようなもんだからな」

その言葉にキリクがハッと顔を上げる。


「そうだ……」

だからこの町は角族にとって安全なんだ。古くから培われた良識的な常識が、この町を創ってる。人を、角族を、守っている。人攫いだってそれを感じていたはずだ。ここでは仕事がしにくいと。他の町で角族の差別は当たり前に行われている。目の前で角族が迫害されようが誘拐されようが一般市民は見て見ぬフリをするのが常識だ。面倒ごとに巻き込まれたくないということもあるが、前提として、角族は"人ではない"からだ。


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