今日は良い日だ
赤い布の干してある家の近くまで来て、キリクの足は止まった。次の手がかりがない。
「どっち行った……」
息を切らして辺りを見回す。だが手がかりがないどころか話を聞けそうな人さえ見えない。
キリクは手を口元に持っていきギリ、と爪を噛んだ。
(考えろ、考えろ)
さっきの婦人が言っていたのは大男が二人、歩いていたということだ。そして大きな袋を抱えていたとも。恐らくその袋の中身がイーコだ。拘束されて、入れられたのだろう。見慣れない大男と大きな袋。目立つ要素は十分にある。人攫いだとまではわからなくても住民の注意を引いてしまう危険性は高い。ならばそう長い距離を移動したくはないだろう。袋に入れたということは運ぶということ、運ぶということは目的の場所があるということだ。そう遠くない場所で、身を潜められる場所……。
「っそれがわかんねえんだよ!」
ドン、と壁を叩いて苛立ちを発散する。近くで小さく「きゃっ」という声がした。
キリクが顔を上げるとその声の主と目が合った。
「あら、露天商さんじゃない」
「あんたはいつかの……」
イーコが初めてキリクに力を貸した際の、海綿を買い占めた貴婦人だった。隣に使用人らしき男を連れている。
「その節はありがとう。バスタイムが楽しくって仕方ないわあ」
ほっほっほ! 口に手を当てて彼女は上機嫌に笑った。
「はは……、満足して頂けたなら嬉しいです……。でもどうしてこんなところに? こんな裏町、貴方のような身分の高い方が来る場所じゃないでしょう」