今日は良い日だ
宿屋の入り口のドアに手を掛けたところでキリクは一瞬躊躇い、ドアから手を離して建物に沿うように歩き、裏に回った。
(二階の、一番奥)
後ずさりしながら宿屋を見上げ、部屋の目星を付ける。
「あれか……」
くすんだ色の木製の戸が付いただけの窓。ここから中の様子を見ることはできないが、よく目を凝らしてみると、戸にほんの少し隙間が出来ているように見える。
「待ってろよイーコ」
切れた息を飲み込んでから、キリクは壁に這うように取り付けられた配管を辿って二階へと上り始めた。小さな取っ掛かりを見つけてはつま先を引っ掛け、自分の体を押し上げる。
あっという間に目的の窓まで辿り着くと、キリクは配管の小さな取っ掛かりに足を掛けたまま窓の戸に顔を近付けた。頬が当たり、戸が少し動く。やはり鍵は掛けられていない。
戸の隙間から部屋の中が見える。ここからだと人売りの姿は見えない。部屋の角に大きめのベッドがひとつ置かれていて、そしてそのすぐ傍に人間の少女が座り込んでいる。手を縛られているのだろうか、両手を後ろにまとめて膝を着いた形で座っている。その隣にも幼い女の子が、その隣にも少年が、同じように座っている。そしてその隣に───
キリクは全身の血が逆流したように感じられた。
手を後ろにまとめている上に両足も縛られ、横向きに寝そべり体を縮ませているイーコの、彼女のその瞳が、死んだように色を失っていたから。すべてを諦めたような、理不尽な運命を受け入れるような、そんな色。あの真っ直ぐな琥珀色の輝きは何処にもない。