愛しいカタチの抱きしめかた
金子さんは、胸元に金子みすずの本を抱えていて、消え入りそうな声で百瀬にさようならと挨拶し、会釈をしたわたしには何も言わず、こっちを見ようともしなかった。
金子さんは挨拶をしてくれた場所から一歩も動くことなく、百瀬が自分の横を通りすぎたあとも、ずっとその背中を見ていた。
図書室を出てしばらく歩いたあと、百瀬は振り返らずに呟いた。
「一年生の子でね。夏に、図書室で話すようになったんだ。ちょうどみーちゃんを待つようになった頃だね」
「そっか」
図書室の扉に身体を預ける金子さんの姿が、角を曲がる際最後に目に入った。いつの間にかそこまで移動していた理由は、百瀬を最後まで見送る姿勢にも感じた。
階段の踊り場、百瀬がようやく足を止める。
「生徒数が少ないはずのこの高校で、金子さんを見かけるのは図書室しかなくて。……ちょっと、心配なんだよね」
「うん。そっか」
教えてくれたのは、私の顔がそれを求めてたのか。だったら反省しなければいけない。
『話すようになった』……
――百瀬は、気づいているんだろうか。