B級彼女とS級彼氏
 ◇◆◇

「ねーねー、お兄ちゃん」
「あ、歩ちゃん!?」

 いつも通りの深夜勤務、いつも通りの時間帯。いつもと同じ毎日がこれほど人の心に余裕を持たせるのかと改めて知る事となる。普段の私は自分から何か面白い事を言ってやろうなんて考えた事もないのに、今日はなんとなく慎吾さんをいじめたい衝動に駆られた。
 この間、小田桐に向かって慎吾さんが「僕は歩ちゃんの兄」宣言をしたのをいい事に、今日はそこをいじってみようと出勤した時にふと思いついた。あからさまに棒読みで言っているのに、本気で目を白黒させている。よっぽどこの間の一件が恥ずかしかったのか、慎吾さんはみるみる頬を染めて行った。

「おにーちゃん、この廃棄弁当食べていいですか?」
「歩ちゃん……、あれは売り言葉に買い言葉であって……。本気で歩ちゃんの兄だなんて思ってないんだから、ね? あんまり僕をいじめないで欲しいなぁ。――あ、から揚げちゃんいる? 良かったら食べていいよ」
「本当ですか? わーい、オニイチャンの太っ腹!」
「……だからね」

 ――やばい、慎吾さんをおちょくるのって結構楽しいかも。
 私はこうして新たな新境地を見いだしてしまった。

「あっ、そうだ」
「?」

 私はある実験を行うために、一つ慎吾さんに協力してもらおうと思っていた。レジカウンターの下を覗き込み、随分前に小学生が忘れていったカメラのフィルムケースに入っているスライムを取り出す。そんな私を見て、一体何をおっぱじめるつもりなのかと慎吾さんは目を丸くしていた。

 客は良くレジカウンターの上に忘れ物をする。
 支払いをする為に手にしているものを一旦カウンターに置き、そのまま持って帰るのを忘れてしまうのだ。すぐに気付けば勿論追いかけるが、混雑時とかだと気付くのがどうしても遅くなってしまう。そういう時、明らかに貴重品と判るもの以外は、期限を決めて店で預かる事になっていた。
 このスライムはその期限をとおに過ぎているから、廃棄処分になる筈だ。だから、これはもう私のモノなのだ。だって、廃棄イコール私。と言う構図がここで働いている皆の頭の中に既に出来上がっているから。……決して胸を張って言える事ではないのだけれども。

 とにかく、これを使って実験をしてみよう。
 私はフィルムケースからスライムを取り出すと、おもむろに自分の髪にペタリとくっつける。慎吾さんの奥二重の目がパチパチと何度も瞬きを繰り返しているのが横目で判るがそんな視線をもろともせず、私は慎吾さんに客を装うかのようにレジカウンターの向こう側に立つようにと誘導した。
< 22 / 53 >

この作品をシェア

pagetop