B級彼女とS級彼氏

 まさか小田桐が横に座るとは思っておらず、三人掛けのソファーのど真ん中に座っている私は膝が当たるほどの距離の近さに落ち着きを保てない。小田桐が手を上げて私の方に伸ばしてきたのがわかると、慌ててソファーの端っこに移動した。

「――っ、お前な! いい加減にしろよ!」
「ヒィッ!?」
「人が親切にそれ拭いてやろうってんのに、何でよけんだよ!?」
「は? ――ああ」

 チッとと舌打ちをしながら小田桐がまた歩み寄ってくる。じーっと私の目を見つめるそれは、今からいい雰囲気になるとか言うものでは決してなく、明らかに“今度は逃げんじゃねーぞ?”と無言で威圧されているのがわかった。
 小田桐は何も言ってないのに、私はまるで捕獲された小動物のように身体を竦ませて、うんうんと小さく何度も頷く。それを確認すると、また小田桐の腕が伸びてきた。

 いつも乱暴な言葉を吐き出す小田桐だが、触れられているのかどうかもわからないほどに、そっと私の髪を濡れタオルで拭いてくれる。店で感じたような妙な緊張感は今は何故か感じず、私は大人しく小田桐のされるがままとなっていた。
 つい先程まで、私を散々馬鹿にしていたのに今度は打って変わって優しく接してくる。緩急が激しすぎてどっちが本当の小田桐なのかがわからなくなってきてしまった。

「……。――っ、」
「ああ、これじゃ全然埒があかねぇな」

 急に耳元で小田桐の声がして、ぶわっと全身に寒気が走る。と、同時にこんなに近い距離に小田桐が居ると言う事に今更気付いて、それがさらに私の緊張感を煽り立てた。
 時々当たる小田桐の膝。必死に私の髪についたスライムを取ろうと悪戦苦闘している小田桐の口は半開きになっていて、そこから容赦なく耳元へと息が拭きかかる。時折漏れる、『ああ、クソッ』とか、『ん』とか言う言葉がどんどんいやらしい言葉に聞こえてきて、小田桐の顔を直視できない私の今の姿勢だと、いらぬ妄想が先走っていた。
 流石に許容範囲を軽く超えたのが自分でもわかり、何とかしてこの状態から抜け出そうと声を上げた。

「ちょ、じ、自分でやるから! 貸してっ」

 無理矢理、小田桐の手からタオルをぶん取ると、勘を頼りにスライムが付着しているであろう場所を何度も擦り上げる。

「そこ、ずれてるぞ。あと、そんなにゴシゴシしたら髪が切れちまう。それに――」
「ああっ、もう! うるさいな! んじゃ手鏡貸してよ!」

 横でぶつくさと言い出した小田桐にイラッとしてそう言ってみたが、「手鏡なんてあるわきゃない」とあっさり言い返された。

「手鏡は無いが、大きい鏡ならあるぞ」
「あー、もうそれでいいってば! どこ!?」

 小田桐は立ち上がると、リビングの隅にある扉の方へと向かう。私もそれについて行った。
 扉を開けると手探りでライトを点け、小田桐に続いて私もその部屋に入る。ライトを点けたはずだと言うのに、明かりを絞っているのか部屋はボヤーっとしている。しかし、そんな薄暗い部屋の中でも、中央に大きなベッドが鎮座しているのははっきりと見えた。

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