B級彼女とS級彼氏
第7話~悪巫山戯(わるふざけ)~
何故だかポロポロと涙が頬を伝い、その事が小田桐を勘違いさせてしまったのか不意に抱き締められてしまった。胸がピッタリと合わさるほど密着してはいたものの、間違ってもこの小田桐が私に対してそんな感情を持つはずは無いとは思っていた。そもそも、そっちの方のお相手ならさっきの梨乃さんっていう綺麗な女性がいるのがわかっていたので、まさかこんな風に組み伏せられてしまうとは夢にも思わなかった。
以前、私の家で慎吾さんに試験的に押し倒された事があった。今はあの時の様な余裕は一切無く、両手を拘束された時点で私の身体は石化を始めた。
「あああああの! ちょっと!?」
大きなベッドの上で手首を拘束され、徐々に距離を狭めてくる小田桐。硬直して身体が言う事をきかない代わりに何とか声を振り絞ると、小田桐はピタッと動きを止め、不機嫌そうな顔で私を睨みつけた。
「何」
「いや、あの、なにかなっ!?」
「……こっちが聞いてんだが」
――あ、ハイ、そうでした。
ここは一つ冷静になって、今の状況を落ち着いて考えよう。いや、全く落ち着けるような状況ではないけども。
取りあえず今の私はと言うと、薄暗い部屋のベッドの上で両手を拘束されている。と、そこに小田桐が顔を寄せてきた。……一般論で考えると、次に行われるのは多分、
「……。――!」
――キ、キス??
って考えるのが普通なのかも知れないけども、その相手が小田桐って所が私にとっては非現実的なのだ。
男という生物、しかもまだ二十代の若さであればやりたい盛りなのは当たり前。この歳にもなればいくら恋愛経験値が低いとはいえそんな事位は流石に知ってはいるけれど、好きでもない相手とこんな事って果たしてそんなに簡単に出来るのだろうか。それとも、小田桐は私の事、……好き?
「!?」
――って! いやいや、流石にそれはないだろう!
ふぅ、危ない危ない。私としたことが、状況が状況とは言え乙女思考に陥ってしまって、自分で自分が気持ち悪くなった。
で、つまるところ、やはりからかわれているのだと結論づける。そうだとわかれば、単なる悪ふざけに対して『いやっ! やめてっ!!』とか本気になって言おうもんなら、きっとこの先一生小田桐に指をさされて笑われ続けるんだ。
そう思った私は、小田桐の思い通りにはさせてなるものかと、叫びたい気持ちをぐっと堪えた。
「んだよ、さっきから。一人で百面相しやがって。……気持ち悪ィ」
「気持ち悪っ――!? あ、ああああんたが変な事するから――」
「あー、はいはい。言いたい事はそれだけか?」
「は? いや、違っ、……ひぃっ!?」
いい加減、痺れを切らしたらしい小田桐が再び顔を近づけてくる。さっきはゆっくりと近づいてきたのに、今度は一気に顔が下りて来た。寸での所で顔を背ける事が出来たが、代わりに耳元に唇が触れる。髪の毛が間にあったからリアルな感覚は伝わらなかったけれども、ついでとばかりに吐かれた熱い吐息が容赦なく耳を刺激し、私はたまらず肩を竦ませた。
「や、……ちょっと、何すんのよ!」
「実験」
「はぁっ!? あんたの性癖を私で試さないでよ!」
「……お前な」
“実験プレイ”って一体なんぞ!?
憤慨している私に、まだ耳元に顔を寄せたままの小田桐に「お前も実験したんだろ?」って囁かれた。
――『あ~あ、こんな事になるんだったら、あんな変な実験しなければ良かったよ』
思い起こす事今から約数分前。髪にべっとりと付着したスライムに手を焼き、私はポロリとそんな事を言ってしまった。
今思えば、揚げ足を取って相手を嘲笑う事に生き甲斐を感じている様なこの男が、あの時何も追求して来なかったと言う事自体、おかしいと思わなければいけなかった。とにかくテンパっていた私はそんな事に気付くはずも無く、上手く話をやり過ごせた事にただ満足していた。
私がした実験の内容は、同じ事を他の男性にされても小田桐にされた時の様に身体が硬直するのかってものだったが、一体この小田桐は私にこんな事をして何の検証をするつもりなのだろうか。
「じ、実験ならさっきのあの梨乃さんって人とすればいいじゃない! 何も私なんかで試さなくても」
耳元に顔を寄せていた小田桐がゆっくりと離れていくのがわかり、私もそれに合わせて自分の顔を真上に向けた。
私を見下ろしている小田桐は、何かを考えているのか目を瞑っている。しばらくすると、自分なりに何らかの答えが出たのか、パッとその目を見開いた。
「あいつはこんな事必要ない。――絶対勃つ」
「……」
真顔でそう言われ、しばし頭の中が混乱した。