B級彼女とS級彼氏
第8話~“優越感”から“独占欲”へ~
「え? それで結局何もせずのこのこ帰ってきたワケ?」
「のこのこって……」
現在の私はと言うと睡眠不足で頭がボーっとする中、早朝から二歳年下の恵美ちゃんに説教をされている真っ只中といった状況に置かれている。テーブルの上に顎を置き、私の頭の上でまだアルコールの抜けきっていないテンションで喋り続けている恵美ちゃんを見上げてみると、彼女は鬼の形相で私を睨みつけていた。
「恵美ちゃん、私今日から昼勤になったのよね。しっかり寝ておきたいから悪いけど帰ってくれないかな」
「よく言うよ! 私が来なくても寝付けなかったくせに」
――ハイ、ご名答。
寝ようと目をぎゅって瞑ってみると、小田桐の顔がチラチラと浮かんできて、一向に眠りにつけそうな感じじゃなかった。だから、恵美ちゃんからいつもの如く電話が掛かってきた時、今回に限っては結構嬉しかったりした。
昨夜、小田桐とあんな事があったから、こうやって恵美ちゃんに話して鬱憤を晴らそうと思っていたが、逆に「芳野がバカ」って言われて余計にへこんだ。
「もう、そんなバカバカ言わないでよー。私は別に小田桐とどうにかなりたいって思ってるわけじゃないんだから」
むぅっと不貞腐れてみたら今度は「あんたがそんな顔しても可愛くない」と恵美ちゃんに一蹴されてしまった。
恵美ちゃんは首を捻りながらシガレットケースから新しい煙草を1本取り出した。だがそれを口にくわえるでもなく、何度もケースにトントンと落としてリズムを刻んでいた。
「何でキスの一つくらいしないかなぁー? っとに、この子は!」
「いや、だから何で私が小田桐と、……キ、キスしないといけないのかな!?」
ああ、言葉にしただけで昨夜の恐怖が思い出される。緊張でガッチガチになった挙げ句、悪ふざけだと言い切られた事が未だに私の心を蝕んでいる。小田桐の手は二本しか無いはずなのに、あの時はまるで触手に似た腕が何本も私の身体に巻きつき、身体の自由が奪われてしまったかの様な錯覚に陥った。
――怖い。
今まで全く感じなかった男と言う生き物に対し、私はあの時初めて恐怖心を抱いた。
「小田桐君の事好きなんでしょ? でないと、その梨乃って人の事気にならないよ、フツーは」
「そんなんじゃないって。梨乃さんの事だって、“小田桐の事を一番良く知ってるのは自分だ”って変な優越感みたいなのが未だにあったから、今は梨乃さんが小田桐の良き理解者なんだって事を自分に言って聞かせる為に、あの人は何者なのかって聞いただけだよ」
「馬鹿ね、それって優越感通り越して、独占欲が出てきてるってだけなんじゃないの?」
「――ハイ?」
――独占欲?
私は独占欲と言うものを感じた事が無い。
それは、ずっと昔からそうであってそれが無いからと言って別段取り立てて困る事も無く、日々淡々と過ごしてきた。誰かを手放したくない、ずっと側に置いておきたいなんて感情は今まで一度も持った事などなかった。
「何を言うかと思ったら、恵美ちゃん。私はそんなの持ち合わせてないよ」
「芳野はさ、もうちょっと自分の事知った方がいいね。あんたの考えてる事全部周りには駄々漏れだっつーのに、当の本人が全く気付いてないっぽいから、余計にイライラする」
「き、今日はやけに手厳しいね……」
半ばキレ気味にそう吐き捨てると、恵美ちゃんは手にしていた小枝のような煙草にようやっと火を点けた。
バッチリ目が冴えてしまった私はもう眠る事を諦め、コーヒーを淹れる為に立ち上がる。そうすることでこの説教地獄からも逃れられると思いきや、台所に立っている間も恵美ちゃんによる説教は続いた。
「――あんたさぁ、本当は気付いてるんじゃないの?」
「何が?」
「その梨乃って人に嫉妬してる自分に」
台所からゆっくりと振り返ると、彼女は至って真面目な顔をしながら小枝を咥えていた。
「な、に」
「本当は小田桐君の事好きだって気付いてるくせに、過去のトラウマがあって『そんなわけない』って必死で自分を洗脳しようとしてるとしか思えないんだけどね」
「そんな事な――、あ……」
まるで誘導尋問に引っかかったみたいだ。しまったと言葉を飲み込むと、それ見た事かと恵美ちゃんは細い眉毛を吊り上げた。