B級彼女とS級彼氏

 第4話~形勢逆転?~

 私がまだ性格が捻じ曲がる前の小学校に上がるか上がらないか位の頃。当時の私はと言うと、もっぱら近所の公園に行っては砂場でお山を作るのが毎日の日課のようになっていた。
 プラスチックのスコップで砂を掘り返しては山にして、回りをペタペタと手で固めるといった作業を何度も繰り返す。時に、作っている途中で山が崩れたりする事もあったけど、それでもなんとか大きな砂のお山を作るために、掘っては固めを飽きる事無くひたすら続けていた。
 綺麗な砂のお山が出来上がれば、今度は慎重にトンネルを掘り進める。反対側を同じようにして掘っている友達と握手を交わす瞬間を想像しては、子どもながらに胸が高鳴り期待に満ち溢れていた。

「ちょっ、放せっ!!」
「お前が放せ」

 その頃の記憶を思い出しながら私は今、コンビニの冷蔵庫を挟んで店内側に居る小田桐と裏側に居る私とで、ちょっとした押し問答を繰り広げている。時と場所と相手が違えば同じような境遇に陥ったとしても、必ずしも胸が高鳴ったりするわけでは無いのだなと一つ勉強になった。

 冷蔵庫の裏側からペットボトルを並べようとした私に向かい「“俺の”水」発言をした小田桐。持っていたペットボトルを掴まれたものの、陳列を始めた途端に持っていかれるのが癪に触ったのもあり、私は思わずペットボトルを引っ込めた。
 だから今、私と小田桐は冷蔵庫の間で間接握手状態に陥っている。砂のお山と違って勿論、胸は高鳴らないし、逆にムカムカしてくる程だった。

「お前な、いい加減にしろよ! 俺は客だぞ!? さっさと俺の水を寄越せ!」
「はぁ!? 一体この水の何処に名前が書いてるんですかねー? あ、これ? このピンクで書いてあるのがあんたの名前? あんた、いつから“エビヤン”って名前になったの?」
「るっせぇな! 意味不明な事ばっか言ってんじゃねーよ!」
「ふん、悔しかったら関西弁でお願いしてみたら? エビ“やん”」
「……殺す」

 かなりドスの聞いた低い声でポツリとそういい残すと、冷蔵庫の扉をバフンッと思いっきり閉められた。
 昨日はまんまと小田桐にしてやられたけれども、今日はなんだか勝った様な気がする。

「さて。仕事、仕事」

 一気に気分が良くなった私は、足元に置いてあるダンボールから商品を取り出そうとその場にしゃがみ込んだ。

「あら、芳野さん。ここに居たのね」
「はい。宮川さんどうしました?」

 宮川さんは店長の奥さんで、慎吾さんのお母さん。いつもニコニコとしていて、物腰も柔らかく、社交ダンスをこよなく愛する人。……まぁ、それに関しては、昨日知ったばかりだけども。

「そろそろ、お昼になるからおもて出てくれる? ここは私がやっておくわ」
「あ、はい。じゃあ、お願いします」

 おっとりしている宮川さんは、昼の混雑がとても苦手らしい。
 列に並んでいる人達のあのギラギラとした視線が、自分に集中するのが耐え切れないそうで、混雑する前に裏に入り込んでしまう。
 私もどちらかと言うと、あの厳しい視線を浴びるのはかなり辛いのだけれども、宮川さんに『代われ』と言われれば、アルバイトと言う立場上、無下に断れない。
 宮川さんと交代しようと、ダンボールに両手をつきながら立ち上がった。

「――っと」
「芳野さん? 大丈夫?」
「ちょっと立ちくらみがして……。流石に最近ちゃんと寝てないから」
「まぁ、若いからって無理しちゃダメよ?」
「はぁ」

 ――誰のせいだと。
 とりあえず、ここは宮川さんにお願いし、店内に戻る為にバック通路を歩き出した。

「――」

 まだ、あいつはいるのだろうか。昨日も来たと言うのに、何故今日も来たんだろ?
 普通、昔嫌いだった相手にバッタリ会ってしまったら、次からは避けるものじゃないのだろうか。私だったら、間違いなく避けるのに。

「よっぽどから揚げちゃんが気に入ったとか?」

 だとしたらかなり笑えるが、小田桐はそこまで食い意地がはっている人間ではない。だからこそ、未だにあの細さを維持出来ているのだと思う。
 そんな事を考えながら店内に通じる扉を開けると、私が出て来た事に気付いた輝ちゃんが一目散に駆け寄ってきた。

「歩ちゃん! やっと来てくれたー! 一人で心細かったよー」
「え? どうしたんですか?」
「なんか変なお客さんがいて」

 そう言って輝ちゃんが目配せした方向を見ると、から揚げちゃんが入ったガラスケースの前でじっと佇んでいる小田桐がいた。

「や、やっぱり……」
「え?」
「あ、いや、こっちの話。――で、何かされたんですか? あいつに」
「何かされたわけじゃないんだけど、さっき冷蔵庫に向かってブツブツ何か言ってたのよ。もう私怖くって」
「ああ……それ」
「え? 歩ちゃん何か知ってるの?」
「あ、いや、知りません。何も」

 もうこうなったら変質者扱いでいいだろう。いちいち、あいつの為に弁解してあげるのも煩わしい。
 仕方なく私がレジへと向かうと、輝ちゃんは怯えながら私の後ろをついて来た。

「あ、おい。これって――」
「はい、から揚げちゃんですね」

 何味にするか迷っていた様だったが問答無用でレギュラーを取り出す私に対し、あからさまにムッとした表情を見せた。
 こうも立て続けに買いたい物を買わせてもらえないとなると、もう流石に二度とこの店には近寄らないだろう。そう思ってやったのだった。

「このお弁当は……“冷たくして”おけばいいんですね?」
「……ああ」

 変質者に対し、毅然とした態度で接する。隣にいる輝ちゃんはおろおろと心配そうにしていたが、私は今とても気分が良かった。
 よし、この調子だ。後は釣銭を渡すだけ。流石にもう来ないだろう。
 だが次の瞬間、私の考えは甘かったという事を知った。

「お待たせし――」
「芳野。お前、まだあそこに住んでんの?」

 突然、まるで二人は知り合いだと輝ちゃんにアピールするかの如く喋り出した。輝ちゃんは丸い目を更に丸くして、私と小田桐を交互に見ているのが横目で判る。何を思ってそんな事を言い出したのかはわからないが、変質者と知り合いだと思われたら困ると私はすっとぼける事にした。

「さ、さあ? 何をおっしゃっているのか」

 きっと私の動揺している様が目に見えて判ったのだろう。小田桐はチラッと輝ちゃんの方を見てから私へと視線を移すと、何かを悟ったかのようにニヤッと不敵な笑みを浮かべた。

「今度また、お前の家に行っていいか?」
「はぁっ!? だから……」
「お前の作ってくれた手料理が忘れられなくってさ。――あゆむ」
「!?!?」

 体中に鳥肌が立ち、背筋がピンと硬直した。
 伏目がちにトロンとした目で見つめられ、小田桐の大きな手が私の髪を撫でつける。予想だにしなかったその行為に、私はレジ袋を握り締めたまま立ち竦んでしまった。

「……!」

 一切の動きを止めた私を見て、満足そうに小田桐はフンと鼻で笑う。

「じゃあな。今度、マジでお前んち行くから。――せいぜい、楽しみにしとくんだな」
「!!」

 去り際に小田桐のやけに骨ばった指が首筋をスッと掠め、私の手からレジ袋をもぎ取った。体中がまるで電気を帯びて居るかのような初めてのその感覚に、私は激しく狼狽えた。






< 4 / 53 >

この作品をシェア

pagetop