B級彼女とS級彼氏
「ほらぁ! もうっ! さっさと自分の気持ちに気付かないと、横からかっさらわれちゃうよ? それでもいいの?」
「いや、もう既にいいひと居るかも知れないし。第一、私にはそんな事関係無いし」
「駄目だこりゃ」と言わんばかりに手で顔を塞ぎ、恵美ちゃんは大きな溜息を吐いた。
「はぁー、あんたって子はもう。……、――っ! ……じゃあさ、私が貰っていい? って言ったら、芳野。あんたどうする気?」」
急にガバッと顔を上げ、何かいい事を閃いた的な表情を浮かべたと思いきや、とんでもない事を言い出した。
「え?」
フーッと白煙を吐き出すと、トントンと灰を灰皿に落としながら上目遣いで私を見つめる。
――恵美ちゃんが小田桐と?
ありえないと思いつつも、二人が並んでいる姿を頭の中で思い描いてみると、中々お似合いのカップルだと言う事に気付かされる。
「え? でも、恵美ちゃん小田桐と会ったこと無いじゃん?」
「そんなの、あんたの話聞いてるだけで十分。格好良くてお金持ちなんでしょ? なら、少々性格が捻くれてたって全然気にしないよ」
「そ、う、なんだ。へぇー……」
言葉に詰まるの私を見て、恵美ちゃんの口角がキュッと上がる。でも、その時の私にはその表情の変化に妙な勘繰りを入れることも出来ず、ただ、新たな問題が出てきた事で頭が混乱していたのだった。
◇◆◇
結局、出勤の時間まで恵美ちゃんとダラダラと喋る羽目となり、私はほぼ一睡もせぬまま恵美ちゃんと家を出た。
「芳野も一緒に乗ってけば?」
恵美ちゃんが呼んだタクシーが、一階のアパートの横に横付けされているのが二階の廊下から見える。カンカンカンと鉄で出来た階段をピンヒールで降りていく恵美ちゃんの後ろを、私は家の鍵をカバンに仕舞い込みながらついていった。
「いや、帰りが困るから私は自転車で……って、わぁっ! か、階段で急に止まらないでよ! もうちょっとで突き落としかけたじゃん!」
「芳野、あれ誰? 知ってる人?」
「へ?」
恵美ちゃんが指差した方向に目を向けると、大型のバイクに跨った見たことのある風貌の輩がこっちに向かって手を上げていた。
「し、知らない。早く行こっ!」
「え? だってこっち見て手あげてるじゃん。 あ! ヘルメット取った! やーん、超格好いいじゃん!」
まるで芸能人にでも会った時の様に、恵美ちゃんがその男に手を振り返している。タクシーの扉が既に開けられていて、恵美ちゃんをその中に入れようとぐいぐい押してみたが、彼女は全く乗る気が無いようだった。
「あ、こっち来た! 何? 何なのー?」
「お客さーん? 乗るの? 乗らないの?」
「ほらぁ、恵美ちゃん! 運転手さん困ってるよ」
――早く! お願いだから恵美ちゃん早くタクシーに乗ってよ! じゃないと……。
「芳野」
とうとう名前を呼ばれてしまい、私は観念して恵美ちゃんを押し込む手を止めた。
「あれ? もしかして、この人って?」
「ごめん、恵美ちゃん。私遅刻するから先行くね」
「おい、芳野!」
昨日の今日でどんな顔をすればいいのか皆目検討がつかない。
私は小田桐から逃げるようにして踵を返すと、一目散に自転車に飛び乗った。