B級彼女とS級彼氏

 第9話~とある朝の喧騒~



 駅の反対側にあるコンビニへと向かう道は、だだっ広い一本道。深夜勤務の時間帯だと帰宅途中の人達と逆行して職場へ向かっていたのだが、この時間帯は世間一般で言う朝の通勤時間と重なっており、駅へと向かう人や自転車などが多く行き交っている。そう思うと、遂に私も普通の社会人生活を送る事が出来たのだなと実感する。
 朝一からぎゃーぎゃー喚き散らす人などまずおらず、眠たそうな顔をしてひたすら駅へと急ぐ人達の横を自転車でどんどん追い越していった。

「おい! 芳野! 待てって!」

 ――訂正、ここに居た。
 私の横を大型のバイクで並走しながら、小田桐が何やら喚き散らしている。当然の如く私は小田桐の方に顔を向けるどころか、ひたすら無視を決め込んでいた。だがそれもそろそろ限界の様だ。周りから向けられる視線が……痛すぎる。

「おいコラ! テメー! 聞けって!」
「あ゛ー! さっきからギャーギャーうるさい!」

 急に私が反応した事に驚いたのか、小田桐は少し背中を反らしたがすぐに体勢を元に戻し、また私に噛み付いてきた。

「お前、昨日の事まだ根に持ってんのかよ!?」
「な、何の事よ? 私は昨日は家に帰ってスライム取るのに必死だったんだけど?」

 そこは間違っていない。
 小田桐の家から飛び出し急いで家に帰ったものの、さて、このスライムは一体どうすれば排除出来るのかと悩みに悩んだ。で、結局拉致があかなかったので取りあえずお風呂に入ってからもう一度考えようと、頭を洗い始めてみれば何の事は無い。シャンプーしたらあっさり取れて拍子抜けした。
 こんなに簡単に取れるのだと知っていたらあんな目にあわずに済んでいただろうし、それこそ朝からこんなに絡まれる事も無かっただろう。ま、元を正せば私が実験と称してスライムを髪にくっつけたのがそもそもの原因なのだが。

「あ゛あ゛!? 聞こえねーよ! もうちょっと大きい声で喋れよ!」
「――っ! だから! 昨日は髪についたスライムを取ろうと必死でした! って話よ!」
「その後の話を言ってんだよ! 俺がお前で勃つかどうか試したのを、まだ根に持ってんのかって聞いてんの!!」
「なっ!?」

 ――こ、こいつってば! こいつってば! 何を血迷ったのかこんな通勤する人たちで溢れかえっている朝の往来で、何の臆面も無く『勃つ』とか大声で言っちゃってんのよ!
 前に歩いている人がその声の主を一目見ようとでも思ったのか、わざわざ振り返ったかと思ったら、小田桐を見た後すぐ横にいる私をじとーっと舐めるように視線を注がれた。
 錆び付いたブレーキ音を鳴らしてピタリとその場に止まる。急に私が止まったので少し行き過ぎてしまっていた小田桐は、足を地面に下ろして後ろ向きに下がってきた。

「あんたってほんっと馬鹿じゃないの!?」
「あ゛? だから聞こえねーって!」
「――っ! 話がしたいんだったら、そのドロドロうるさいの止めろっつーの!!」

 小田桐のバイクは大型のアメリカンタイプの様だった。車種はわからないけれど、“ディヴィットの息子”ってボディに書いてあるのが見えたので、きっとその息子さんが作ったものだろうという事はわかる。あれだ、日本で言う本田さん見たいなものなのだろう。アメリカくらい広大な敷地で走らせるのならそれはそれは気持ちいいのだろうが、この狭い日本で走らせるとなるとこの上なく不便で仕方ないのではなかろうか。しかも、このエンジンの爆音ときたら、興味の無い者にとってはまるで街頭演説車に匹敵するほど迷惑極まりない。

「んぁ!? ……。――ああ」

 私の言った事を理解したのか小田桐はキーを回し、やっとの事でエンジンを止めた。

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