B級彼女とS級彼氏

 第10話~恋愛成就の神様~



 寝不足で目はショボショボするし、身体はあちこち筋肉痛になっている。頭の中に至っては幾度と無く小田桐の顔ばかりがちらついて、はっきり言ってこんな状態で仕事をするのは結構辛い。あくびを連発したりレジ台の上で突っ伏したりと、あまりにも酷いだらけっぷりを見た輝ちゃんが、たまりかねて声を掛けてきた。

「歩ちゃん、どうしたの? 寝不足?」
「ああ、はい。ちょっと」

 さすがにずっとこんな調子だったから、輝ちゃんにも気付かれてしまった。確かに寝不足は寝不足なんだけれども、“男に押し倒されて、興奮して眠れなかっただけ”だなんて知ったら輝ちゃんは一体どう思うだろうか。まぁ当然、本当の事なんて言えるわけもなく、輝ちゃんには『睡眠不足と日頃の運動不足がたたって』とだけ説明しておいた。

「ただいまー」
「っ! 慎吾さん、お帰りなさいっ!」
「お帰りなさい」

 休憩を終えた慎吾さんが現れた事により、私と輝ちゃんの勤務が終わると言う事を知る。これでやっと家でゆっくり出来るのだと思うと、丸まっていた背筋もピンと伸びた。
 慎吾さんは私と輝ちゃんの姿を確認し、店内をぐるっと見回した後、何故か首を捻っている。それを見て、そう言えば今日の夕方勤務のバイトがまだ来てないという事に気付いた。

「あれ? 深町まだ来てない?」
「今日、深町君夕方からなんですか?」
「うん。今日はいつもの高校生の子達は中間テストだからって休みなんだ。だから、深町に入ってもらったんだけど」

 腰に手を置きながら慎吾さんは店の時計をじっと見ていた。針が右に一つずれたらもう深町君の勤務時間になる。もし、深町君が来なければ、必然的に輝ちゃんか私のどちらか一人が残らなければいけないと言うことだが、既にお迎えのタクシーが来ているであろう輝ちゃんが相手となると、きっと私に勝ち目はない。それに、多分だけど慎吾さんは輝ちゃんの事が苦手じゃないのかと、最近思うようになって来た。
 以前、輝ちゃん直々に一緒に食事に行きたいって言われた時も、ニッコリ笑顔でスルーしてたし、そもそも輝ちゃんには何処か素っ気無く接している様にも感じられる。やっぱりバイトと言えども、たった一歳であっても年上ってだけで慎吾さんは輝ちゃんに気を使っているのだろうか。

「んー、じゃあ悪いけど、歩ちゃん少し残ってくれ――」

 やっぱり。
 せっかく伸ばした背筋が、へなっと再び丸くなった。

「っざいまーっす!」
「!」

 その声を聞き、丸くなった背筋が又ピンと伸びる。どうにも忙しい背筋だ。
 深町君は特に慌てた様子も無く、平然な顔で制服のボタンを掛けながら姿を現した。

「深町ー、お前ギリギリ過ぎ」
「あ、すんません。何か店の外で女子高生がたむろしてっから、何かなーって見てたらこんな時間になってました」
「いいわけしない! ったく、もう! ……あ、望月さんも歩ちゃんも、もう上がっていいよ。有難うね」

 良かった。何はともあれ、私も輝ちゃんもこれで無事帰ることが出来る。輝ちゃんと一緒にその場を去ろうとした時、深町君がなんだか挙動不審な動きをしていた。

「? ――ああ、そっか。深町君、輝ちゃんと会うの初めて?」

 そう尋ねてみると、深町君は小刻みに首を縦に振った。

「えっと、こちらは望月輝子さん。輝ちゃん、こっちは深町君。普段は夜勤に入ってる大学生」
「どうも、初めまして! 深町っす!」
「あ、こちらこそ初めまして。望月です」
「――。じゃ、お先ですー」

 心なしか深町君の顔がパッと明るくなった様な気がする。話が長引くんじゃないかと思った私は、早々とバックルームへと引っ込んだ。多分、輝ちゃんを見て単純にかわいいって思ったのだろう。二十八歳とは思えぬ童顔っぷりに付け加え、縞々の制服を着ていても全身からお嬢様気質がにじみ出ている輝ちゃんは、深町君にしてみれば輝いて見えるのかもしれない。

「……恋する前に失恋するってのも辛いな」

 輝ちゃんが好きなのは慎吾さんだと言う事を知っている私としては、何だか深町君が不憫に思えて仕方が無かった。

 昔、恵美ちゃんに『なんでそんなに仲が良かったのに、小田桐君の事好きにならなかったの?』って聞かれた事があったけど、仲が良い云々じゃなくて、小田桐だからこそ恋するだけ無駄なのだと言う事に私は気付いていた。それでも、大勢の女の子達はこぞって小田桐に恋をする。私はその事に対し、無駄な労力だと蔑みながらも、心のどこかでその女の子達の事を羨ましくも感じていた。
 ロッカーを開け、縞々の服を脱ぐ。コツコツコツと輝ちゃんの足音が近づいてくるのが聞こえた。

「もう、歩ちゃんってば、置いてかないでよー」
「いや、お邪魔かなーって思って」
「?」

 一体何の話だと言わんばかりに首を捻った輝ちゃんに、『いや、こっちの話なんで、気にしないで下さい』とだけ言って、お茶を濁した。


 ◇◆◇

「あ、あれかしら? さっき深町君が言ってたのって」

『ほら』って輝ちゃんが指差した先には、確かに女子高生がたむろしているのが見える。その輪の中心に何があるのか輝ちゃんは気になったのか、自転車に鍵をさそうとした私の手首を取ると、その輪に向かって歩き出した。

「何かのビラを配ってるのかしら?」
「――? え、うそ。あれってもしかして……」

 女子高生の輪の中心にいる人物に、目が釘付けになる。見覚えのあるその姿に、輝ちゃんに引っ張られていた筈がいつしか輝ちゃんを引っ張る側になっていた。



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