B級彼女とS級彼氏
「はいはいー、みんな順番にねー」
「――! ジャッ君!? ……と、小田桐……」
小田桐と一緒に輪の中心に居る、見るからに清廉潔白、品行方正な彼は信じられない事にこの小田桐の双子の弟ジャック、通称ジャッ君だった。日本語名は……何だったか不明だ。小田桐が日本に居た時、たまたま遊びに来ていた彼と二、三回会った事がある。双子だと言うのに、全く雰囲気が違う二人がやけに面白かったのを覚えていた。
「――ん? ……歩!?」
私の事に気付いたジャッ君が、人込みを掻き分けこっちへ近づいて来た。……かと思ったら、そのままの勢いでギュッときつく抱き締められた。周りを取り囲んでいた女子高生達のうらやむ声に少し恥ずかしくなりつつも、これが彼流の挨拶だからとしばらくの間我慢した。
ふと、ジャッ君の肩越しに小田桐の方へと視線を向けて見る。小田桐はと言うと、頭を掻きながら眉根を寄せ、不機嫌そうな顔をしてそっぽを向いていた。
「うっそ! 歩、何でここに居るの?」
「え? 小田桐に聞いたとかじゃなかったの?」
私の両肩を持ち、一旦距離をとったジャッ君は『ううん、知らないよ!』と、私と会ったのは単なる偶然なのだと、嬉しそうに満面の笑みを浮かべていた。その姿に思わず、耳を垂らして尻尾を振りながらうれションしている座敷犬を思い浮かべてしまった。
てっきりジャッ君の事を気に入っている私の為に、小田桐が連れてきてくれたのかと思ったが、ジャッ君のこの様子を見るとどうもそうではないらしい。小田桐もあからさまに面倒臭そうな表情を見せた。
「所で、ジャッ君達、ここで何やってんの?」
「あ、うん! 今度ね、あそこに建つビルに父さんの会社が入るんだよ。まだ、部屋が全部埋まってないから、こうしてホラ、ビラ配りしてるんだ。――あ、はい、どうぞ? よろしくね」
そう言っている間でも、ジャッ君からビラを貰おうと女子高生が列をなしている。ウィンクをしながら一枚一枚、丁寧にまた配り始めると、手元にあったビラは全て無くなってしまった。
その辺にいる男がそんな事をしても気持ち悪いだけだが、まるで少女漫画に出てくる王子様のようなジャッ君がやると本当に絵になる。いくら同じ顔をしているとは言え小田桐が同じ事をしたとしても、こればっかりはやはり気持ち悪いだけだろうなと心底思ってしまった。
「おい、ジャック! お前、こんなガキ共に配っても仕方ねぇだろ!? どうすんだよ、もう無いぞ? あれ、一般人に配るもんじゃないのに!」
「えー? だって、みんなが欲しいって言うから……」
小田桐に怒られてシュンッとなったジャッ君に、彼には悪いけれど胸がキュンッとなってしまった。周りを見てみれば女子高生達もどうやらキュンッとなっているのか、胸の前でみんな指を組んで目を輝かせていた。
「あー、クソッ! もう、お前らガキ共はさっさと散れ!」
「えー? 何ぃ、この人ぉー。ワイルドっぽくて格好いいって思ったけど、感じわるー」
「――っ! うるさい! ガキはさっさと帰ってションベンして寝ろ!」
小田桐が大声を張り上げると、女子高生達はぶつくさと言いながら散っていった。
「もう、兄さん! 女性に対してそんな言い方失礼だよ! ……? あー、コホン」
「?」
口許に丸めた手をあて、ジャッ君はわざとらしく咳払いをした。
「ところで歩。そちらの女性は?」
ジャッ君の視線の先を追うと、どうやら私の後ろに立っていた輝ちゃんの事を指しているようだ。紹介してくれないのかと言いたげな視線とともに微笑みかけられ、相変わらずだなと感心しつつ、彼に向き直った。
「ああ、一緒にバイトしてる望月さんだよ。私ね、ここでバイトしてて……って!?」
「どうも、よろしくね」
「あ、はい。よろしくお願いしま――すぅ!?」
自分がここで働いているのだと教えるつもりで店の方に振り返ってからジャッ君に視線を戻すと、彼は輝ちゃんの手を掬いその手の甲に口づけを落としている真っ最中であった。これには流石におっとりしている輝ちゃんでも動揺したのか、赤くなった頬を空いている手で覆っていた。
見るからにお嬢様な輝ちゃんの手の甲に、キスを落とす王子様のようなジャッ君。二人のその光景がとても様になっていて、私は少女漫画の世界にトリップしてしまったのかと錯覚してしまった。
「こ、こら! あんた、ここで何やってるんだよ!」
「――? あ、慎吾さん来た」
「え?」
せっかく人がうっとりしている所に邪魔が入ってしまった。店の中から鼻息荒くして慎吾さんがやって来る。小田桐を何故か敵視している慎吾さんの事だから、きっとまた面倒な事になるのかと思うと頭が痛い。
「ほら、小田桐。ビラ無くなったんだったら、さっさとどっか行きなよ」
「んあ? ああ、そうだな」
とにかく、店の前から小田桐さえ排除すれば慎吾さんの怒りも収まるだろう。そう思った私は、小田桐の背中をぐいぐいと押した。
途端、バシンッと何かを払い落とすような音が背後で聞こえ、小田桐も私も同時に後ろを振り返った。
「え?」
振り返ると、先ほどの音はどうやら慎吾さんがジャッ君の手を叩き払った音の様だ。輝ちゃんとジャッ君の間で慎吾さんの手が振り下ろされていて、手を払われたらしいジャッ君は、困惑の表情を浮かべていた。驚いたのはジャッ君だけではない。その場にいる全員が、一体どうしたのかと固唾をのんで慎吾さんを見つめていた。
「……ああ、そうか」
しばらくして、何かを悟った様な表情を浮かべたジャッ君が、思いも寄らない言葉を発する。
「君は彼女の事が好きなんだね。これは失礼」
「っ!?」
「え゛っ!?」
ジャッ君のその言葉に、私も輝ちゃんも耳を疑う。会って数秒も経っていないと言うのに、そんな風に考える事が出来るなんてさすがジャッ君。恋愛経験値がカンストしているだけある。ただ、ちょっと違うのは『慎吾さんが輝ちゃんを好き』ではなく、『輝ちゃんが慎吾さんを好き』なわけなんだけども。
「え、あの、そんなんじゃ……無いですよ?」
軽く握った手を口元に持っていき、恥ずかしそうに俯いている輝ちゃんがそう言うと、ジャッ君は腕を組んで顎に手をやった。
「えー、そう? だって、ほら。彼」
「……、――えっ!?」
ジャッ君が慎吾さんの方へ首を曲げると、輝ちゃんも私もそれにつられて慎吾さんに目を向けた。信じられない事に、湯気が出そうなくらい耳の先まで真っ赤にし、ぎゅっと握った拳を慎吾さんはプルプルと小刻みに震えさせていた。