B級彼女とS級彼氏
その後、何となくそこに居辛くなってしまったジャッ君と小田桐と私。輝ちゃんと慎吾さんを残し、そこから立ち去る事にした。本当は自転車を取りに行きたい。けれど、邪魔をしちゃ悪いからもう少し後になってから取りに行くことにした。
しかし、小田桐にしろジャッ君にしろ、この兄弟は突然現れたと思ったら赤の他人を巻き込んで、何故こんなにもあたふたとさせるんだろう。まぁ、慎吾さんと輝ちゃんに至っては、思いがけずいい展開になり、私としては喜ばしい限りだけれども。
他人事ながらなんだか嬉しくなり、オレンジ色に染まり始めた空を見上げながら口角をキュッと上げた。
「あ、そうだ。歩、今日一緒に食事しない?」
隣を歩くジャッ君が首を傾げて私の顔を覗き込むようにしてそう言った。
「え? 今日?」
「兄さんちにさ、梨乃って言うお手伝いさんがいるんだけど、凄く料理が上手なんだ。一緒にどうかなって」
「え? お手伝いさん? あの人って小田桐の日本語教師じゃないの?」
「……梨乃のメインの業務は俺の監視役だろ」
少し前を歩く小田桐が振り返って無愛想に言う。
「日本語教師? 監視役? ――ああ、まぁ確かに兄さんにはどっちも必要かもね」
意味深な目でジャッ君が小田桐の方を見ると、小田桐はつまらなさそうな表情を浮かべていた。
――また梨乃さん。
その名前を聞いて、忘れていた感情の波が一気に押し寄せてきた。先程までの明るい雰囲気が一転し、私の顔から笑みが消えていくのが自分でもわかる。
「あはは。――歩?」
「……私、行かない」
歩くスピードが落ちていったと思ったら、私の足は完全に歩く事を止めてしまった。
「どうして?」
私の前に立ったジャッ君は、不思議そうな面持ちで私を真っ直ぐ見つめている。もしかすると、彼の中では小田桐と私は未だに仲が良いって事になっているのであろうか。だが、『昔と違って今は仲が悪い』とも非常に言い難い状況である。
悪気はないのだろうが、大きな目でじっと見つめられると、どうにも自分が悪者の様な気がしてくる。ジャッ君から視線を外すと、自分の足元を見つめながらこの場を切り抜ける為の理由を探していた。
「あ、えーと。実はちょっと風邪気味でね。……でもジャッ君、まだ日本に居るんでしょ?」
「え? ああ、うん。まだしばらくはいるよ?」
「なら、また今度にしようよ! 今日は……ちょっと無理、かな」
断るのに丁度いい理由を思いつき、やっとの事で顔を上げることが出来た。
「……」
ふと、ジャッ君の肩越しに見えた小田桐の表情は、心なしか寂しそうな目をしている様に思えた。