B級彼女とS級彼氏

 第11話~威嚇~



「兄さん、あゆむ連れてきたよー」

 目の前の扉が開かれた時、そこに立ちはだかっている人は私を見るなり眉間に皺を刻み、

「お前、ジャックが迎えに行ったら来るって、どんだけ自分はお姫様気分なんだよ」

 と、険のある言い方で私を出迎えた。

「だって、ジャッ君がわざわざ家まで迎えに来てくれたのに、無下に断れないっしょ」
「……俺が迎えに行ってたら?」
「勿論行かない」

 即答でそう答えた事に小田桐は疎ましく思ったのだろう、更に冷たい視線が注がれた。
 そうは言ったものの、本当に行きたくなかったらそれが例えジャッ君だとしても同じ答えを出していたと思う。結局の所、最後に見た寂しげな目をした小田桐の顔が頭に焼きついて離れなくなってしまった私は、一方的に小田桐を拒絶している様にとられてしまうのが何だか腑に落ちなくて、ジャッ君に誘われるがままここにやって来てしまったのだった。
 昨夜はなんだか妙な事になってしまったが、わざわざ私の家の前で待ち伏せてまで謝りに来たし、今日は梨乃さんも、それにジャッ君も居る。昨日の妙に艶っぽい小田桐はきっと他の誰かに見せる為の顔であって、あの時はちょっと相手を間違えてしまっただけなんだ。今、目の前で仏頂面して立っているのが本来私が見るべき小田桐の姿なんだ、と、丸一日かけて考え込んだ結果、そう思える様になった。

「ほら! ジャッ君、やっぱ小田桐怒るじゃん!」
「大丈夫だよ。兄さんこんな事言ってるけど、歩が来てくれて嬉しいんだって」
「ジャック、お前いい加減な事を――」
「あーもう、ほらほら! 歩、入って入って」
「あ、ちょ、」

 ジャッ君は私の手首を掴まえると、入り口に立ち塞がる小田桐の胸をポンポンッと叩いて押し退けた。腕を引っぱられるようにして家の中へ入る時、いつものしかめっ面の顔を横目で見た私は不覚にも安心してしまった。


「梨乃? 歩、連れてきたよ」
「はーい」

 リビングに入ると、ジャッ君はジャケット脱ぎながら姿の見えない相手に向かって声を掛けた。キッチンの奥から梨乃さんの声が聞こえ、どうやらこちらへ顔を見せようと思っているのか、食器をカチャカチャと置いた音が聞こえてくる。

「ようこそ、いらっしゃい。歩さん」

 姿を見せた梨乃さんは、相変わらずフェロモンが駄々漏れている。若い男二人と一緒に居て、この人は平気なのかと赤の他人の私が心配してしまうほど、梨乃さんのその色っぽい佇まいに下世話な考えばかりが頭を過ぎった。

「あ、こんばんは。すいません、ずうずうしく来てしまって」
「そんな事! また会えて嬉しいですわ。……貴方とは色々と話したい事があるの。だから、丁度良かったって思ってるんですのよ?」

 ――あ、何だろう。そこはかとなく威嚇されている様な気がするのは、私の被害妄想なのだろうか?
 今の梨乃さんはきっと監視役としての顔をのぞかせているのだろうか。ただ単純に私と話がしたいだけ、なんてそんな奇特なこと思うわけ無い。
 どんな風に返事をしていいのかわからなくて、微笑んでいる梨乃さんに対し、私はヘラヘラと馬鹿みたいに笑って見せる事しか出来なかった。

「あ、そうだ。お客様に対して申し訳ないのですけれども、よろしければ食器を並べるのを手伝って貰えないかしら?」
「あ、はい。わかりました」

 私は荷物をソファーに置かせて貰うと、シャツの袖を捲った。

「梨乃、それ位僕がやるよ。いくらここが日本だからって、女性が何でもやらされているのを見るのは僕は好きじゃない。歩はお客さんなんだから、座っててよ」
「え? でも……」

 肩にポンッと手を置かれ、私はソファーに座るように促された。

 ――ああ、やっぱりジャッ君素敵過ぎる……。
 こんな何気ない気遣いを目にする度に、乙女心がぐいぐい引っ張られてしまうんだろうな。と、改めて実感する瞬間だった。
 しかし、そんな紳士なジャッ君に対し、私以外の人はすこぶる冷静な受け答えをした。

「聖人さんがやると、余計な仕事が増えるので遠慮させて頂きます」
「あ! 酷いなぁー。僕だってやるときゃやるのに」
「ああ、確かにお前はやるな。――で? あの危険ゴミの次の回収日はいつだったっけ、梨乃」
「一昨日回収に来たばかりですから、次は来月ですわね」

 小田桐が指差した方を見ると、部屋の隅に新聞紙で包まれたものがいくつも入っているゴミ袋があった。

「となると、しばらくあそこに置いたまんまにしとかないといけないってワケか」
「あ、あれは! 手が滑って……」
「お前は手に油でも塗ってんのか? 朝からパリン、パリン……。うちの主要の食器、殆ど無くなったぞ?」
「大丈夫ですわ、聖夜さん。今日、昼のうちに買っておきましたので」
「そうか、悪いな。――で? どれを運べばいいんだ?」

 ジャッ君に対する皆の扱い方が余りにも酷いなとあっけに取られている間に、小田桐が梨乃さんの手伝いをする為にキッチンへと向かった。私がやるって言ったのに何故か華麗にスルーされてしまった。
 小田桐がキッチンへ入ろうとしたその時、丁度そこから出てきた梨乃さんとかち合った。

「聖夜さんも遠慮します。どうぞ座ってらして? ――歩さん? いいかしら?」
「あ、はい」

 ソファーから立ち上がりキッチンへと向かおうとすると、大きな小田桐の手がパッと私の方へと開き、私は即座に立ち止まった。

「お前、俺の言ってる意味が判らないのか? 俺が手伝うと言ってるんだ。なのに、何故そんなに芳野にこだわる」

 なんだか不穏な空気が流れ出す。小田桐がほんの少し目線を下げた所にいる梨乃さんは、小田桐から発せられる威圧感に一切怯む事無く笑顔を保っていた。
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