B級彼女とS級彼氏
「おっせーな、この長グソ」
「し、しとらんわ!」
「だから! いつも言ってるけど、女性に対してそういう事を言うのは止めなって! 出るもんは仕方ないだろっ?」
「いや、ジャッ君? 本当にしてないからさ……」

 仮にも今から食事をするって時に、何もそんな話題を振らなくても。
 今日の梨乃さんのメニューにカレーが無くて、本当に良かったと心から思った。

 さて、一難去って又一難とはこのことか。
 椅子は四脚ある。ジャッ君と小田桐が対面に座っていると言う事は、私は二人のどちらかの隣に座らねばならない。梨乃さんはまだキッチンにいるし、ここは私が先に選択をしなければならないのだが、こう言う時、一体どこに腰を落ち着かせれば良いのだろうか。
 ここに居るメンバーで一番付き合いが長いのは小田桐だ。……と言っても数ヶ月だけれども。それでも、他の二人よりかは長いと言える。ジャッ君は過去に数回顔を合わせただけだし、梨乃さんに至っては何度か顔を見た事があったものの、ちゃんと会話らしい会話をしたのは今日が始めてとなる。まぁ、内容があれでは、果たして会話と言えるものなのかどうなのか、いささか疑問ではあるが。

 ――やっぱり小田桐の横に座るべき? いや、でもそれじゃあ梨乃さんが……。

「――? お前、何やってんだよ。いつまでもそこでボーっと突っ立ってないで、さっさと座れ」
「あ、ああ、うん」

 小田桐にそう言われて、梨乃さんとの事は私はまだ気付いていない事になっているはずだから、やっぱり小田桐の横に座るのが自然かなと思い立ち、その足を一歩踏み出した。

「どうぞ?」

 小田桐の方に向かおうと思ったら、ジャッ君が自分の隣の椅子を引いてくれた。流石はジャッ君。ことごとく紳士だ。
 ここで無理に小田桐の横に座ったりすれば、妙な展開になる。ジャッ君が椅子を引いてくれた事で私はそこへ座り易くなったうえ、小田桐の横に梨乃さんが座る事で又変な威嚇攻撃を受けなくて済む。

 ――一石二鳥じゃん。

「ありがとー」

 これで変な気を使わずに食事にありつけると思った私は、一気に肩の力が抜けた。

「歩、お酒飲めるよね? シャンパンでいい?」
「あ、うん。ありがと」

 ジャッ君が注いでくれているのをジーッと見詰めていると、小田桐の視線を感じた。

「なに?」
「――お前、飲めんの?」

 飲めるのかって聞かれるなんて、何だか凄く新鮮だ。いつも見知った人としか飲まないから、飲んで当たり前だったのに。

「え? うん、かなり」
「は? お前、こないだゲロってたじゃん」
「そうなの歩? ジュースにしとく?」
「あ、いや、大丈夫だよ。――あん時はたまたま体調が悪かっただけ。自分で言うのも何だけど、結構飲むよ」
「……ふーん」

 小田桐はテーブルに肘をつき、何だか面白く無さそうな顔で私を見た後、席を立ってキッチンへと向かった。梨乃さんと一言二言会話を交わしているのが聞こえたが、何を話しているのかまでは聞き取れない。
 しばらくして、小田桐が透明の液体が入ったグラスを手にして戻って来ると、ジャッ君の掛け声により取りあえず三人で乾杯をした。
 細かい気泡が立つ黄金色の液体を一口含んだ瞬間幸せを感じるそれは、今まで飲んだどんなシャンパンよりも格段においしいと言えるものだった。まるで仕事疲れと睡眠不足でヘトヘトになってしまった身体が溶けていく様な気分になり、気付けば乾杯とともにグラスの中の液体を全てたいらげていた。

「お、ほんとだ。歩、結構いけるんだね。もっと飲んでよ」

 ジャッ君がテーブルに置いた私のグラスを取ると、グラスを斜めに持ってさらにシャンパンを注ぎ足した。炭酸を飛ばさないようにそーっと注ぎ入れ、グラスの九割近くまで入れられる。

「ジャッ君入れすぎだよー。梨乃さんも小田桐の分も残しておかないと」
「梨乃はいいんだよ、どうせ飲まないから」
「俺もシャンパンは好きじゃないからいい。気に入ったならじゃんじゃん飲め」
「……じゃあ、遠慮なく頂きます」

 言われるがまま、注がれるがまま、思う存分飲む事にした。
 飲み始めて間もなくレストランの給仕さながら、梨乃さんは両手に四枚ものお皿を持ってやって来た。一応、手伝いますとは言ったものの、「いいんですのよ、もう終わりましたので。ゆっくり食べててくださいね」とニッコリ笑顔で返される。じゃあ、遠慮なく。と心の中で又さっきと同じ事を呟いて、見るからにおいしそうな梨乃さんの手料理を一口食べてみた。

 ――う、美味し!
 あまりのおいしさに目を瞑り、私は黙ってそれを堪能した。

 美人でスタイルも良くて、料理も出来るし給仕も出来る。しかも、小田桐兄弟までをも上手にコントロールする事が出来るのだから、梨乃さんの凄さは本当に計り知れない。

 ――敵わないや。
 って、え? 敵わないって、どう言う事? 心の中で自然と呟いてしまった言葉に自分自身、疑問を抱いた。

「――? そう言えば、梨乃さんは一緒に食べないんですか?」
「そうですわね。一通りお料理も出しましたし、そろそろご一緒させて頂こうかしら」

 梨乃さんがエプロンを外していると小田桐がキッチンへと向かい、自分が飲んでいるものと同じものを梨乃さんに渡す。「ありがとう」とニッコリ微笑んでいる梨乃さんと、軽く頷くだけの小田桐が凄く自然に見えて、普段からこういうやりとりが行われているのだろうなという事がわかる。

 ――う、なんだか胸が苦しい。久し振りだな、この感覚。
 少し顔を歪めたのに気付いたジャッ君が、気分でも悪いのかと心配してくれる。それを聞いた小田桐もグラスに口をつけながら、こっちをじっと見ているのがわかった。

「え? いや、全然大丈夫。平気」

 至って平気な事をアピールする為に、グイッと一気にグラスの中の液体を喉に流し込んだ。




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