B級彼女とS級彼氏
第13話〜梨乃さんと小田桐の関係〜
小学校五年生くらいの時。たまたまついていたテレビで結婚式を挙げるシーンを見た事があった。純白のドレスを身に纏った新婦役の女優さんが、まるで本当に結婚式を挙げている気持ちになっているかのように幸せそうな笑みを浮かべている。新郎役の俳優さんもそんな彼女にうっとりとした表情でその女性を見つめていた。
粛々と執り行われた式のクライマックスでは、外国人の牧師に促された二人が顔をゆっくりと近づけていき、互いの口唇があふれ出す光と共にふわっと軽く重なると、絶妙なタイミングで結婚行進曲が流れ出した。
あの頃はたったそれだけでも妙にドキドキし、寝る前にそのシーンを布団の中で思い出しては好きな人と交わすキスは一体どんな感触なんだろうと、私は自分の口唇にそっと指で触れてみたりもした。
いつか、大人になってから知る事になるであろう未知なる体験に、小さいながらも私は淡い期待を寄せていた。
「……っふぐっ、――っう、んー! んー!!」
なのに何だろう、この色気の無さは。
片手にワイングラスを持っていた私は、その赤い液体を零さないようにしっかりと握り締めながらも、酔っ払いと化したジャッ君から逃げるべく奮闘している。顔を両手でしっかりと押さえつけられて、空いている方の手でだけでジャッ君を押し退けるも彼はビクともしない。せめて息だけでもしないと窒息してしまいそうで、しっかりと合わさっていた口唇を少しでもずらそうと首を竦めた。
「――? おわっ!?」
「……ぶはっ!!」
急にジャッ君が私から離れて、私は酸素を求めて思いっきり息を吸い込んだ。
――し、死ぬかと思った!
キスするのって命がけなんだなと、初めての体験は子供の頃に夢見ていた理想のそれとは全く違うものだった。
って、そもそもこれはキスって呼べるものなのだろうか。ジャッ君の事は確かに好きだけど、そういう好きではない。ジャッ君も酔っ払いの成れの果てにこんな事をしたのだろうから、やっぱりキスとは言わないのかな。
「く、苦しい、……ブランドン、は、はなしっ……」
「ジャック、お前何やってんだ? あ?」
小田桐がジャッ君の首根っこを掴み、まるで般若の様な形相でジャッ君を睨みつけている。当のジャッ君はと言うとどうやら一気に酔いが冷めたのか、‘しまった’と言いたそうな顔をして、ほうぼうに視線を泳がせていた。
その光景を目の当たりにして始めて、ジャッ君が自ら離れたのではなく小田桐の手によって引き剥がされたのだと知る。
せっかく零れないようにしっかりと握っていたワイングラスからは、その時の反動で溢れてしまった液体が私の手を伝って滴り落ち、ポタポタとジーンズに紅い染みを作っていた。
小田桐は襟元から手を放すと、ジャッ君はホッとしたのか片手で首を擦っている。直後、ソファーがドスンと大きく揺れたと同時に、小田桐の両手がジャッ君の胸座を掴み彼を背もたれに貼り付けていた。
「お前、何をしたのかわかってるのか?」
「何って、……キス?」
「――っ!」
――え? うそ?
すごい剣幕で凄んでいる小田桐に対し、あっけらかんとしているジャッ君。小田桐はどうもそれが癪に障ったのか、胸座を掴んでいた片方の手を大きく振り上げた。