今日も君に翻弄される。
「でも僕は、それが結構好ましい」


ほんの少しだけ口角を上げて、和泉くんはそう締めくくった。


「(いずみくん……和泉くん)」


気持ちはうまくまとまってくれなくて、頭の中を和泉くんの名前が吹き荒れる。


字体も大小も違う、さまざまな形と音を引き連れた文字たちはあっという間に脳内を埋めつくしていく。


鼓膜で膨張する耳鳴りに固く目を閉じれば。


『葵』


再生された記憶が、突如、あっけなくわたしを落ち着かせて、全てが掻き消える。


よぎった風の冷たさに涙がにじんだ。


ごうごうと荒々しく吹いて、せっかく頑張って整えた髪をさらう風は苦手だ。


だけど今だけは、ひるがえる髪で顔が隠れるからちょうどいい。


「(落ち着け、わたし)」


落ち着いて、落ち着いて。


呪文みたいに繰り返す。


……笑おう。


わたしを安心させるためだけに彼は話しているのだ。
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