名前を教えてあげる。
「腹の子供のことと学校は、別問題だ。俺はお前が猿ではないことを信じる」
そう言って、ヒロは立ち上がり、バーカウンターの前に置かれたストゥールに軽く腰掛け、黒いノートパソコンを広げた。
「俺はこの件に関与しない。どうするかは自分の頭で考えろ。そのための場所は提供する……さ、飯だ。
美緒、君は食べ物の好き嫌いはあるか?」
いきなり名前を呼び捨てにされて、美緒はびっくりした。
しかもヒロの「みお」の発音は変わっていた。やたら「み」が強く「お」が弱い。
しかも語尾をわずかに伸ばすから
「ミョウ」と聞こえてしまう。
「いえ…特にありません」
ドギマギしながら答えた。
「妊婦はそうあるべきだな。よし」
ヒロは、美緒に向かって親指を突き出し、パソコンの画面に向いたまま言う。
妊婦、という言葉に自分を受け入れてもらえた気がして、美緒は単純に嬉しくなった。
「ここの中華は結構イケるんだ。
鶏肉とカシューナッツの炒め物。芝海老のチリソース。蟹の餡掛け炒飯…春巻きは順の好物だ。
あとミョウ、リクエストは?」
ちらり、と美緒を見た。
「あ、えと、なんでも大丈夫…」
厄介者の家出人のための食事の心配をしてくれるなんて。
ーーヒロって、絶対いい人だ。
美緒はそう直感した。