名前を教えてあげる。
でも、その涙は今まで流したものとは違う。しょっぱい幸せの雫だ。
それはお腹の子が美緒にくれたもので、ひとしお愛おしさが湧いてくる。
『男か女かは生まれた時の楽しみにしよう』
病院の帰り道に順が言い、美緒はやっと泣き止んで充血した目で頷く。
『俺は女の子がいいけどな!』
笑いながら順が付け足した。
そんな日々を切り取った何枚もの写真。
両手で膨らんだお腹を両手で抱くのが美緒の決めポーズ。
写真を撮るのが好きな順は、家出する時も大事にしている一眼レフのデジタルカメラをバッグに忍ばせるのを忘れなかった。
「医者の次になりたいのは、写真家だって前に言ってたもんね…」
美緒は独り言を言った。
「何、それ?」
ふいに背後から声がして、美緒はつい、きゃっ、と声をあげてしまった。
振り向くと、玄関とリビングを仕切るドアの前に、シルバーのスーツケースを携えたヒロが立っていた。
バーバリーのコートを手にしたスマートなダークスーツ姿。
仕事で出張していて、一週間ぶりの帰宅だった。
自信に満ち溢れた肩から背中のライン。