名前を教えてあげる。
ふうああん……という恵理奈の泣き声は、さかりのついた雄猫が求愛している鳴き声に似ている…
美緒は思う。
1度は襖が開いて、順が台所に立った。
忍びやかな足音の後、蛍光灯がパチリと灯され、蛇口から水が出る音がした。
調乳ポットとガラスの哺乳瓶がカチカチと触れ合う。
美緒は掛け布団に頭からすっぽりと包まり、その音を聴いていた。
順が美緒の布団の脇を歩き、ふぎゃふぎゃと愚図る恵理奈の元に戻った。
パタン、と襖が閉まり
「ミルク出来たよ…」と小さな声で順が語りかけると恵理奈の泣き声が治まって、静けさが戻る。
欠片ほどの思いやりも優しさもない自分が嫌になるが、起きて手伝う気にはなれなかった。
怠くて、眠くて、どうしても身体が動かなかった。
この家には、布団は1組しかなかった。
順は直にカーペットの上に横たわり、タオルケットを掛けて寝るしかない。
寒くはないから風邪を引くことはないけれど、身体は休まらないだろう。
ーー私…ダメな奥さん、ダメな母親だよね……赤ちゃんの世話、放棄して。
でも、もう、いいや。どうなっても……
美緒は布団の闇の中で固く目を瞑った。
「美緒、仕事行ってくるよ」