名前を教えてあげる。
綺麗、というよりは逞しい花、といった感じだ。
「公害も害虫にも強いって、看板に書いてあったなあ。見習わないといかんね……私は公園で呑気に咲いてる白い花で、順は排気ガスに負けない紅い花ってとこかな……」
そんな独り言を言いながら、バギーを押して、ひたすら歩いた。
道路の向こうの海側は日本でも有数の工業地帯だ。
小学校の社会科の授業で、東京湾に面したその一帯は鉄鋼業などの重化学工業が盛んだと習った。
社会科は美緒が一番好きな科目だったから、そういうことはよく覚えていた。
高度成長期、バブル景気。
昔は町ももっと活気に溢れていたに違いない。
今は人が住んでいるのかわからないような古びた家屋が立ち並ぶ。
営業しているのか分からないような寂れた飲食店も多かった。
看板の字も消えかけていたりする。店名は『ふくちゃん』とか『ライラック』とか。
「……こんなところ、どんな人が経営してるんだろう?
お客さん、来るのかなあ?
『ふくちゃん』の名からして戦争で夫を亡くした福子婆ちゃんが戦後すぐ始めた店とかかな……?」
振動が心地よいのか、寝てしまった恵理奈に話し掛けながら、取り留めのない想像をして楽しむ。