名前を教えてあげる。
・魔窟
見覚えのある、アラベスクの黒い門扉をくぐったのは、盛夏を過ぎたころだった。
青々とした空と綿菓子のような入道雲を従えた赤い屋根の洋館ーーー
相変わらず、赤毛のアンが住むような家だな…と美緒は思う。
玄関ポーチから、2階を見上げる。
南東にある出窓は、順の部屋だ。
男の子の部屋なのに、レースのバルーンカーテンがかけられている。
順に英語を教えてもらう為に初めてあの部屋に入ったのは、去年のゴールデンウイークに入ったばかりの頃だった。
その時も、今も朝からドキドキしっぱなしだった。
あの部屋には、美緒の恋の想い出が一杯詰まっている。
順と初めてキスをしたのも、初めてセックスを体験したのも、あの部屋でだった。
ピンポン……
順がチャイムを鳴らす。
順の顔も強張っていた。
あの冬の日、順はこの家を捨てた。
もし咎められても、謝る気はない、と横顔の固く結ばれた唇は語っていた。
美緒と夫婦同然に暮らし、恵理奈も生まれた。
自分たちの意思を貫いたことに、
親はどんな反応をするのか。