名前を教えてあげる。
「もう、いろんなこと考えてしまって。順とこの先、二度と会えないのかと思うと、食事も喉を通らないし、何も手に付かない日が多くなって。
『シャンゼリゼ』もお休みして、みなさんにもご心配掛けてしまったわ。
育子さんがうちに来てくれて、すごく救われたの……」
順の母は、ウェッジウッドのティーカップの柄を摘まむように持ち、弱々しげに言った。
その顔は青白く、以前よりいくらかやつれていた。
春香の、はきはきとした喋り方と整った容姿のせいだろうか。
(可哀想な母を女優が演じてるみたい…)
美緒は感じてしまう。
「恵理奈だよ。今、4ヶ月なんだ」
母の言葉には触れず、順は抱っこホルダーで前抱っこした恵理奈を紹介する。
恵理奈は美緒の胸で親指を吸っていた。
「はい、こんにちはあ、恵理奈ちゃん!あなたのおばあさまですよ!」
春香は甲高い声を出す。
急に知らないおばさんに顔を覗き込まれ、人見知りの恵理奈は、びっくりして愚図り始めた。
美緒は慌てておしゃぶりをくわえさせる。
「あらあら…ごめんなさい。赤ちゃんなんて久しぶりで。
本当、可愛らしいわあ。
でも、あまり順に似てないわねえ。ママ似かしら?」
春香の満面の笑みの裏に、毒が含まれていることに美緒は敏感に気付く。