名前を教えてあげる。
いきなり、後ろで汚れた皿をトレーに積んでいた白髪をシニョンに結った家政婦に同意を求める。
「ええ、ええ。奥様のいうとおりですとも。赤ちゃんはわたくしが責任を持ってお預かりしますから、ご安心下さい」
矢田育子は、丸顔の顔を綻ばせた。
はあ………
美緒はため息を吐いた。
朝9時。
残暑とは思えないほど、太陽は町を照りつけていた。
明け方4時半に恵理奈の泣き声で起こされてしまったから、頭がぼんやりしていた。
美緒にとって、憂鬱な1日のはじまり。
窓を開けた部屋で扇風機を廻して、ゴロゴロ過ごしてしていたいのに。
これから、恵理奈を連れて、バスと電車を乗り継いで順の実家にいかなければならない。
考えただけでも、順のいない約1時間の道のりは、本当にしんどかった。
中里家では、週に2回、お茶会が開かれる。
生花を加工して作るプリザーブドフラワーや小物に美しい絵付けを施すトールペイント。
その出来栄えを語り合いながら、お茶を頂く。
順の母・中里春香が趣味と実益を兼ねて主催する『シャンゼリゼの会』は、有閑マダム達が集う社交の場でもあった。
今日のお茶会は、プリザーブドフラワーの講習が終わってから、午後3時頃から始めるという。