名前を教えてあげる。
「早速ですけど、お願いいたします」
昼1時過ぎに中里家に到着すると、家政婦の矢田育子が、美緒をキッチンへ導いた。
そして、恵理奈をおんぶしたまま、矢田と共に茶会の準備をしているところに中里春香が現れた。
「あなたはこっちよ。少し早めに始めることにしたわ。恵理奈は育子さんに預けて」
わざわざ暑い中、子連れでの訪問を労う言葉もなく、春香は早口で指示を下す。
「ケーキを先にお出しするのよ。
カップは取手が右手にくる様にして置くのよ」
「ハ、ハイ…」
こないだとは違う、やたらキビキビした春香の物言いに戸惑い、順がいないことが本当に心細かった。
(順てば、予備校の夏期講習申し込みなんて行ってる場合じゃないよ……それにしても高そうなティーカップ…割ったらどうしよう…)
「美緒さん、運んで頂戴」
「ハ、ハイ」
美緒は言われるままに、ケーキの載った大きなトレイを掲げ、順の母・春香に続いて広間に入った。
緊張のあまり、手が震えて食器がカタカタと音を立てる。
初めて入る『サロン』と呼ばれる部屋-ーーー
白樺の林を描いた大きな風景画が飾られ、その真向かいには、スクリーンのような大型の壁掛けテレビ。
部屋を入ると真っ先に目を引くのが、奥の角に設えた本格的な暖炉だ。
調度品はシックなのだが、眩いばかりのシャンデリアがこの茶会に華を添える。
順の母・春香が『生徒さん』と呼ぶ女達は、6人いた。