名前を教えてあげる。
(早く順の予備校が終わらないかな…)
上の空で、帰ることばかり考えてしまう。
時々、割り込むようにして空いた皿を片付ける美緒には、春香によって事前に箝口令が敷かれていた。
ーー余計な事は言わないようにして頂戴ね。
おばさま方に、何か訊かれたら、私の方に話を振るのよ。
例えば、母校はどちらですのと訊かれたら、『どうでしょう?春香おばさま?』って答えるのよ。もちろん、笑顔でね。
意図のわからない言い付けにも、美緒は「分かりました」と答えるしかなかった。
「ちょっとあなた」
タカナシが手招きをして美緒を呼んだ。
「はい」
お茶のお代わりだと思った美緒が傍らのポットに手を掛けると、にっこりと笑いかける。
「美味しいお茶、ありがとう。これ、お近づきの印に」
そう言ってメイドインフランスの小さな香水入れを差し出した。
繊細な細工がされたクリスタル製のそれは、とてもロマンチックな品で美緒は一目で気に入った。
「わあ!綺麗!ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げて礼を言った。
覚悟はしていたけれど、お茶会は苦痛としかいいようがない時間だった。