名前を教えてあげる。
何がそんなに楽しいのが、おばさま方は始終笑っていた。
足の付け根の痛みが、いつの間にか消えていたのが救いだった。
お茶会は、5時過ぎにお開きになった。
誰もいないサロンで、
「もう、なんなの、あなた…」
春香はうんざり顏で切り出した。
「えっ……」
美緒は驚き、布巾を使う手を止めた。
「タカナシさんの前で物欲しげな顔して。
タカナシさん、あれはご自分のお買い物で、あなたにあげるつもりなんかなかったの。
お高いブランドなんだから。それをあなたは、断りもせず。恥ずかしくて顔から火が出そうだったわ…」
いきなり始まった小言に、美緒は赤くなった。
美しい香水入れを欲しい、と思ったこと確かだったから、そう見えてしまったのかもしれない。
「すみません…」
「はっきりといっておくけれど!」
中里春香は、艶やかな赤い口紅を塗った唇をキュッと引き締めた。
「養護施設育ちで、何ひとつ躾のされていないあなたは、順の子供を生んだからと言って『中里の嫁』にはなれないのよ。
だから、生徒さんにも本当の事を話さなかったの。
これから、少しずつ私が中里家に相応しい嫁がどういうものなのか、いろいろ教えて差し上げますから」
中里春香は、優しい声音でそう言った後、美緒を睨むようにして
「お返事は?」と顎をしゃくった。