名前を教えてあげる。
それに……
美緒は、食卓に置いたゴルフのキーに目をやる。
これが来てから、美緒達の生活は変わった。
恵理奈をチャイルドシートに乗せて、家族で近場をドライブ。
助手席が美緒の指定席だ。
カーステで大好きなEXILEを聴きながら、夏の風景を眺める。
それだけで、いつもの町並みが輝いて見える。
順の好みは洋楽だけれど、いつも美緒に合わせてくれた。
どこに行くのも車を使い、重い買い物を持って何十分も歩くことがなくなった。
「なんだよ、これ……
手作りクッキー必要ないだろ。買えばいいじゃんか。
俺から断ってやるよ。美緒は今、大事な身体なんだし」
ベビーホルダーで恵理奈を背中に括り付けた順が、メールを読んで不機嫌に言う。
仕事を辞めた順は、予備校以外は家にいるから、育児に孤独感もなくなった。
「ううん…いいよ。私、行ってくる」
美緒は首を横に振った。
「大丈夫なの?」
「うん」
嫌らしい計算だと分かっていた。
順の母とは一生分かり合えないと思う。
好かれなくても別に構わなかった。
だけど、恵理奈のことは気に入って欲しかった。
そうすれば、恵理奈は祖母に欲しいものはなんでも買ってもらえる幸せな子になれる…
幸福な子供時代。
それは美緒の叶わぬ夢だったから。