名前を教えてあげる。
順の婚約者?クリスティン
キッチンは、濃厚なバターの甘い香りで満ちていた。
「よし、これで30分…と」
オーブンにクッキーの生地種をいれた美緒は、キッチングローブを外し、首に掛けたタオルでおでこに滲んだ汗を拭った。
これでタイマーが鳴ったら、美味しいバタークッキーとココアクッキーが焼きあがっているはずだ。
「楽しみ、楽しみ〜これで、ノルマは達成だし」
鼻歌を歌いながら、洗い物を始めたところでダイニングルームの扉がかちゃりと音を立てた。
「美緒さん」
鼻にかかった高い声。
(ウルババだ…)
美緒は身構え、さっとタオルを取る。
「まあ、いい匂いだこと」
春香がキッチンに顔を出した。
今日は落ち着いた鶯色の和服姿だ。桔梗の柄が先取りした秋を感じさせる。
「おばさま、こんにちは」
作り笑顔で挨拶した。
「ご苦労様。上手に出来たみたいね。お茶会が楽しみだわ」
にこやかな笑顔で春香が返す。
いつもの真っ赤なルージュを引いた唇の間から、歯並びのよい歯が見え、(いい事があったのよ)と言っているようだった。
美緒に対して、こんなに機嫌の良い顔を見せるのは初めてだ。