名前を教えてあげる。
・幸せな家庭が欲しくて
鉄筋工の野口光太郎(のぐち こうたろう)が、仕事を休みがちになったのは今年の春の終わりのこと。
そして、太陽がカンカンに照りつける頃になると、朝から家にずっといるようになった。
どうしても腰が痛い、という理由で。
工業高校卒業後、建築関係の職人として、いくつもの現場を渡り歩いていた光太郎は、半年ほど前、建材を運ぶ際に腰を痛めてしまったのだ。
美緒と恵理奈との暮らしが少し馴染んできた頃。
だけれども、医者嫌いの光太郎はコルセットを着けることもせず、市販の痛み止めを飲んで仕事を続けた。
薬のせいで頭がぼんやりし、動作が緩慢になった光太郎に仲間の1人がやる気がない、と非難したという。
憤った光太郎と取っ組み合いの大げんかになり、それを止めようとした親方である工務店の社長にまで食ってかかり、仕事場を投げ出してしまった。
光太郎の話をきき、『事情を知りもしないで酷い!』と最初は恋人の肩をもっていた美緒も26歳の男が昼間から、スマートフォンやゲーム機を終日いじっている様子に、心底呆れた。
無収入なのに、3度の食事は欠かさず、朝夕のシャワーもやめない。
今やこの家の経済は、美緒の10万弱のアルバイト代と母子扶養手当とわずかな蓄えでやっと成り立っていた。