名前を教えてあげる。
(全然、信用する気がないくせに質問してね?……)
「…ええ、まあ、それに近いです。というか、ちょっとしたトラブルがあって。時間に上がれなかったんです。人手不足だし」
美緒は視線を下げたまま答える。
今日はせっかくの休日だ。
反省の態度をみせて、早く解放してもらう作戦だった。
主任保育士が身を乗り出す。
「トラブル、と言いますと?」
「あ、食い逃げです」
「……」
ギャグみたいな美緒の答えに、白けた空気が流れた。
「あの、五百部さん、最近…」
恵理奈の担任保育士・片山洋子が落ち着かない様子で、膝の上の手を組み合わたり、ほどいたりしながら遠慮がちに言い出した。
「…恵理奈ちゃん、お父さん出来ましたよね?」
32歳で独身の彼女は、丸顔でふんわりとした雰囲気を持っていた。
「…あ、はい」
美緒が答えると
「そうなんですか?ご結婚されたんですか」
「ほう」
すかさず、主任保育士と園長が食いついてきた。
美緒はうんざりした。
(なんで今、こんなところでそんな事を話さなきゃいけないの…)
早口で答えた。
「はい。まだですけど。今年中に入籍するつもりです」