名前を教えてあげる。
しかも、絵のすみには、マジックで『五百部恵理奈』と漢字で書かれていた。
「すごいですねえ。漢字教えていらっしゃるんですね。恵(けい)と理っていう字、難しいじゃないですかあ」
片山先生は、元気付けようとして言っている……と美緒は思う。
虐待の疑いをかけられた母親に同情し励まそうとして。
「教えてなんかいません。恵理奈が勝手に覚えたんです」
素っ気なく言った。
「そうですか。恵理奈ちゃん、すごく頭がいいですよね。
私、保育士になって10年目ですけど、恵理奈ちゃんみたいな子初めてです。
ここの保育園にある絵本は全部読んだみたいですよ。それで、粗筋をお友達にお話してあげるんです」
喋り続ける片山を振り切るようにして、美緒は恵理奈のいる園庭へと急ぐ。
時折見せる、幼児らしくない恵理奈の向上心……小学生向きの偉人の伝記や英文の絵本を欲しがったり。
美緒はそれを変わった趣味だとしか思わないのに、光太郎はなぜかムキになって嫌った。
『こっちが馬鹿にされているみたいだ』と言って。
光太郎の勘に触る恵理奈の本は、すべて押入れの天袋に仕舞われてしまった。