名前を教えてあげる。
「あっ!ママあ!もう帰る?
お手て洗って来るね!」
美緒の姿を見つけた紺のスモック姿の恵理奈は、しゅっと滑り台を滑った。
春になれば小学生になる恵理奈はこのところ一段と顔立ちがはっきりしてきた。
『頭がいい』という片山の言葉に、美緒は真っ先に恵理奈の父親、中里順を思い浮かべた。
酔っ払った勢いで養護施設で育ったことは話せても、順を忘れた日は一日だってないということは、誰にも言わなかった。親友の紀香にすら。
もう恋愛感情はない。元に戻りたいなんて思わない。自分には、野口光太郎がいるのだから。
それでも、順は常に美緒の思考のどこか片隅にいて、消える気配はなかった。
そして、その事に婚約者の光太郎はうすうす気付いている。美緒の心に誰かが住み着いていることに…………